連載「ポストコロナのIT・未来予想図」の第13回。世界的にデジタル技術革新が大きく進んでいると言われる割には、世界の成長率が高まっているようには見えない。このパラドックスはなぜ生じるのか。元日銀局長・山岡浩巳氏が解説する。
今はデジタル・トランスフォーメーション(DX)の時代と言われます。確かに、デジタル技術革新は急速に進んでおり、その影響は全世界的に及んでいます。
例えば、iPhoneやKindleの登場は2007年、今や当たり前のように使われているフェイスブックの「いいね!」ボタンの登場は2009年、インスタグラムの登場は2010年のことです。すなわち、現在の人々が日常使っているデバイスやデジタル媒体の多くは、ほんの約10年前に現れたばかりのものです。
この10年で世界は大きく変わりました。例えば、中国のWeChatPayの登場は2013年ですが、現在までにユーザー数を約10億人まで増加させ、ユーザー数では世界最大の決済インフラになりました。中国ではわずか7年の間に、10億人の人々が新たにスマートフォン経由で金融サービスを使えるようになったわけです。人々の金融サービスへのアクセス促進を「金融包摂(financial inclusion)」と言いますが、過去10年間、新興国や途上国も含め、世界中で金融包摂が急速に進んだことになります。
同様に、アマゾンなどのネットショッピング、ビジネスにおけるアプリの利用、さらに最近ではリモート会議のためのツールの活用なども、大幅に拡大しています。これらのデジタル技術は、さまざまな面で経済活動の効率化に結び付いているはずです。身近な例では、スマートフォンの地図アプリの普及により、道に迷う人々は大幅に減っているはずで、これにより、経済における「デッドウエイトロス」(死荷重:効率的な資源配分がなされていない時に生じる社会全体の経済的損失)も減少していると考えるのが自然でしょう。