成長は「当たり前」ではない

 過去の世界成長の歴史をみると、長らくの間、「一人当たりGDP」ではほとんど成長のない時代が続きました。そして、18世紀後半の産業革命を経て、19世紀以降、グローバル化と共に、一人当たりGDPの飛躍的な伸びが始まり、今に至っています。すなわち、経済成長が常態化したのは、人類史の中でみれば、近年のごく短期間のことなのです。

紀元1,000年以降の世界の一人当たり成長率
[出典:J. Bradford De Long, “Estimates of World GDP, One Million B.C. –Present”(1998)]

 したがって、我々が慣れ親しんでいる世界経済のプラス成長も、実際には近年の絶え間ない技術革新に支えられてきています。現在の情報技術革新もその一つと捉えるべきであり、技術革新の果実を取り込む不断の取り組みを続けないと、プラス成長自体、維持していくことが難しくなります。

 また、個別の国ごとにみると、「DX先進国」と呼ばれる北欧のデンマーク、スウェーデン、エストニアなどは、近年、相対的に高い成長を、しかも健全財政を維持しながら実現しています。この背景としては、この連載で最初に紹介したエストニアの例が示すように(第1回第2回参照)、これらの国々がデジタル技術を行政事務の効率化のために積極的に活用し、「ワイズ・スペンディング」(賢い支出)を実現してきたことが挙げられます。

一人当たりGDP(単位:米ドル)
[出典:世界銀行]
財政収支対潜在GDP比率(単位:%)
[出典:IMF(2020年は予測)]

 これらのデータを踏まえても、デジタル化への取り組みは、近代以降のプラスの成長基調を維持するためにも、また、日本経済のパフォーマンスを他国に劣後させないためにも、やはり必要不可欠といえます。

 同時に、デジタル化によって成長率が現状よりも顕著に上がるといった証左が得られていない中、「デジタル化が進んだ暁には成長率が上がるから」等、「取らぬ狸の皮算用」の口実としてデジタル化が使われることのないよう、気をつけなければいけません。デジタル化の経済効果は、これを経済活動や行政事務などに応用する取り組みを地道に積み重ね、効率化とワイズ・スペンディングを実現していくことで得られるものです。このことは、北欧諸国の経験も如実に示しています。

◎山岡 浩巳(やまおか・ひろみ)
フューチャー株式会社取締役/フューチャー経済・金融研究所長
1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。

◎本稿は、「ヒューモニー」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。