また、とりわけ銀行の経営不安の噂が流れるようなケースでは、そうした噂によって預金からCBDCへのお金の移動が一斉に起こってしまう可能性があります。このような現象は、人々が銀行の店舗に実際に出向かなくても、PCやスマホの操作で簡単にできてしまうことから、「デジタルバンクラン」(デジタル取り付け)と呼ばれます。そうなると、流動性危機が加速してしまうかもしれません。もちろん、中央銀行が、自分に集まったお金を直ちに預金が抜けた銀行に貸すことができれば、流動性危機をしのげるかもしれません。しかし現実には、混乱の中で中央銀行が、預金の流出している銀行がどことどこかを瞬時に見つけ出し、そこに直ちに適切な額を貸し出すといったオペレーションを行うことは、簡単ではありません。
経済のDX(デジタル・トランスフォーメーション)とCBDC
より深遠な問題は、一般利用型CBDCが経済のDXと人々の幸福のために本当に良いのだろうか、という問題です。
これまで、金融インフラのイノベーション(例えば手形・小切手、ATM、クレジットカードやデビットカード、QR決済、近距離通信技術による決済、さらにはAmazon Goなど)は、全て民間のイニシアチブで実現されてきました。この中で、一般利用型CBDCを含め、デジタル決済のプラットフォームを中央銀行が全て提供してしまうと、イノベーションを起こすインセンティブが失われ、イノベーションやDXそのものを阻害してしまうかもしれません。
また、人々が「いつ、どこで、何をいくらで買ったか」といった情報は、DXを推進しつつビジネスを発展させていく上で重要な情報になります。仮に中央銀行が一般利用型CBDCを通じて人々の日々の取引のデータまで抱え込んでいくことになれば、そうしたデ―タを民間が活用することが難しくなるかもしれません。そうなると、経済のDXはやはり制約されることになりかねません。
したがって、一般利用型CBDCを発行すべきか否かについては、多くの論点について慎重な検討を行っていく必要があるわけです。これが間もなく世界的に発行されるかのような印象を与える言説には、ミスリーディングなものが多いと感じます。
同時に、一般利用型CBDCが発行されるか否かにかかわらず、決済のデジタル化やイノベーションにおいては、民間が引き続き主要な役割を果たしていくと考えられます。この点は、CBDCの検討を行っていくと表明している中央銀行も協調しています。中央銀行がAmazon Goを自ら運営するわけにもいきません。インフラの革新をリードするのは、やはり民間なのです。
◎山岡 浩巳(やまおか・ひろみ)
フューチャー株式会社取締役/フューチャー経済・金融研究所長
1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。
◎本稿は、「ヒューモニー」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。