それでは、FIXERが三重県に開発拠点を設け、ロケーションフリーな働き方に踏み切った目的とは何だったのか?

田鎖:大きく3つの目的を定め、皆で共有しました。1つ目は、三重県の地方創生にITの力で貢献していくこと。2つ目は、IT人材が豊富な三重県で優れた人材を採用・育成していくこと。そして3つ目が、クラウドサービスの企業としてどこよりも充実したロケーションフリーな働き方を、従業員や顧客に示していくことです。

 現在、どの企業にとっても将来性のある若い人材の確保は年々困難になっているが、とりわけ中小規模企業にとっては今後を生き抜いていくためにはこの採用問題にどう取り組むかが10年後、20年後を見据えた際の分かれ目になるだろう。また、IT関連企業にとっても激化するエンジニア争奪戦に勝ち残る上で、地域との連携にはメリットがあるということだ。それ故に、田鎖・島田の両氏は、拠点がオープンする前のタイミングから三重県内の大学や高専に協力を要請し、学生向けのイベント開催などを通じて人材発掘に努めていった。

“コミュニケーションの壁”をプラスに転じる創意工夫

 ここまでの話だけならば、実に順風満帆だったように感じるが、現実には多くの問題が浮上し、その対策に当たる機会も多かったようだ。

島田:クラウドサービスを事業としている会社ですから、基本的な技術上の課題は自前で解決できました。しかし、ロケーションフリーな働き方を東京と三重で同時進行するためには、いろいろなルールや取り組みが必要です。何よりも懸念されたのはコミュニケーションの問題でしたので、まず「社内メール禁止」という思い切った決め事を設けました。

 いかにネットワークでつながっていようとも、物理的に離れた場所にいる人間と密接なコミュニケーションが取れなければ、1つの拠点で皆が働いてきたのと同じパフォーマンスを出すのは難しい。その対策として「Slack」や「Microsoft Teams」といったリアルタイムチャットをベースとするコミュニケーションツールを導入する企業は少なくない。FIXERも当然その措置をとったのだが、従来の電子メールでも並行してコミュニケーションを取っている状態では情報共有に必ず問題が発生すると考え、社内向けの連絡ではメールを一切使わないことを決めたのだという。

島田:もちろん、社外のお客さまなどとのコミュニケーションではメールを使いますが、社内の複数のメンバーとメールによってリアルタイムな情報共有をしていこうとすれば、情報共有漏れや、宛先をいちいち設定し直すなどの煩雑さが発生してきます。SlackやTeamsを導入するからには、コミュニケーションツールを絞ってしまわなければ、どのツールを見たかによって情報共有の度合いが違ってきたりして、かえって混乱を招くことになる。それならば社内については「メール禁止」ということにしてしまおうと決めたのです。

田鎖:この決め事をスタートした当初は多少の混乱もありました。新しい事に前向きな社風ではありますが、やはり多少の“ザワザワ感”はありました。しかし、想像以上に早いタイミングで皆が新しいコミュニケーションの仕方に慣れていきました。

 技術環境が整い、新しいツールを導入しさえすれば容易に実現するわけではないところが、テレワーク推進のハードルだ。しかし、FIXERは持ち前の技術力に過度に依存することなく、新しい働き方を成功させる鍵として、「技術だけでは埋まらない社内コミュニケーションの在り方」に着目した。それが功を奏したわけだ。

 業績の好調さも相まって、テレワーク導入後は各拠点で働くメンバーも順調に増えたというが、その後もさらに社内に呼び掛け、Slack上のアイコンを全て顔写真に限定する、といったきめ細かなルールも定め、社内で徹底を図ったという。「チャットとはいえ、顔の見えない相手とコミュニケーションするよりは、写真だけでも見えていた方が確実に親密度が上がります」(島田氏)というわけだ。最近では、若手メンバーを中心に自発的にオリジナルの絵文字・スタンプを作成するエンジニアも増えているらしい。

島田:殺伐としがちな文字でのコミュニケーションにおいて、絵の存在が有効なことは皆「LINE」の利用などでよく知っています。オリジナルの絵文字・スタンプが増えていくことで、むしろ口下手な社員が「以前よりも社員同士のつながりが密になった」と言ってくれたりもしており、社内コミュニケーションの質は上がっていると感じています。

 さらに「ビデオ会議システムの常時接続と大画面モニターの設置」という工夫も行われた。要は、どの拠点ともテレビ画面を通じて常につながっており、向こうの様子が見えるようにしたのだ。

田鎖:もちろん、ロケーションフリーで会議をするためのツールとしても活用しているのですが、それとは別に離れた場所にあるオフィスやそこで働いている人の様子がいつでも大画面を通じて見えるようにすることで、相互理解にもつながっていくと考えたのです。当社では月に一度入社歓迎と社内交流促進を目的とした社内懇親会を開催していますが、今では画面を通じて東京と各拠点で同時に懇親会を開催する、という使い方もしています。会社の部活動として毎週東京オフィスに専属トレーナーを招いてマラソン部の活動を行っていますが、その際に各拠点を画面でリアルタイムに共有しながら一緒にトレーニングを行ったこともあります。

 現場主導だからこその細かな配慮と対応、そして前向きな企業カルチャーだからこそ、離れ離れの環境を楽しんでしまうような取り組みによって、FIXERはコミュニケーションの壁を乗り越え、むしろそのクオリティーを引き上げているのである。