オープンイノベーションでデザイン思考を活用するポイントは、顧客の「不」に注目し続けることで、製品・サービス開発が自社偏重にならず、その客観性を保てることです4。それは、顧客が自身の「不」を解決する際に、一社の技術だけにこだわることはなく、時には複数の企業による調査や、技術の組み合わせによって解決を求めることもあるからです。

 企業は、デザイン思考で虚心坦懐に顧客の「不」の解決に取り組むことで、オープンイノベーションを阻害する自前主義から脱却することができるのです。

スタートアップと大企業が相互理解する

 続いて、企業規模が異なるスタートアップと大企業が相互に理解を深め、活動を共にしていく方法について、それぞれの視点で説明します。これは多くの企業において、オープンイノベーションの取り組みの方向性がまとまり、いざスタートアップに声掛けをして協働する際に障壁となっていることです5

 まずは大企業の視点で見ていきましょう。筆者がコンサルティングを行う中で、大企業がオープンイノベーションに取り組む姿勢を見ていると、スタートアップをより理解して、歩み寄ると協業がより円滑に進むと思う時が多々あります。ここで大切なことは、企業規模が異なっていても相手への敬意を示し、双方向で情報を提供することです。

 具体的には、大企業がスタートアップと打ち合わせをする際に、人的な資源に限りがあるスタートアップの時間を使っているという意識を持ち、打ち合わせに臨むことが大切です。例えば、社員数5人のスタートアップと打ち合わせをするとします。そのCEOとCOOの2人と1時間打ち合わせするということは、実にその企業資源の大半を自社のために稼働させることを意味し、1時間の打ち合わせの重みが社員数1,000人の大企業とは異なります。

 そのため、特に遠方からスタートアップを招致する場合には、ビデオ・電話会議での代替ができないかを検討する、もしくは対面の打ち合わせが必要な場合は、期間の猶予を持って設定をする必要があります。また、声掛けをした由縁や、検討の要点および相手への期待を整理し、それらを明確に伝えることも大切です。

 打ち合わせを進めるにあたり、スタートアップ側のミッション、チーム構成、製品・サービス内容、今後の展望や自社への期待も交え、スタートアップへ敬意を示しながら会話することも大切です。裏を返すと、例えば「開口一番にそのスタートアップの製品・サービスの価格の話をする」「いきなり競合他社との違いの説明を求める」、「二言目に機密保持契約が無いと自社の取り組みの詳細を開示できないと言う」といったコミュニケーションは控えたほうが無難です。

 また、そのスタートアップが置かれている状態を理解した上で、相手への期待や、自社が提供することを伝えることも有効です。例えば、協働したいスタートアップが、製品やサービスを構想中/開発中のシード期や、品質を整えながら初期の商用化に向け活動するアーリー期であれば、資金の調達や販路の確立などがスタートアップ側のニーズとなります。

 さらに、複数の顧客を有しながら新たな顧客を獲得していくエキスパンジョン/グロース期や、継続的な企業活動を営む態勢が整っているレイター期であれば、人材採用・維持がニーズとなるでしょう。大企業側は、こうしたニーズに対して何を提供できるのかを考えることが肝要です6

 一方、スタートアップは大企業とどう向き合うべきなのでしょうか。アクセンチュアの調査によると、過半数以上の起業家は大企業での勤務経験がある事が分かっています7。その点からも、協業の候補となり得る大企業の商習慣など体質を理解し、歩み寄る余地は多くあるでしょう。

 例えば、大企業と新しく取引を開始する場合、新規の取引先審査~発注、検収~支払などの決裁が発生する業務は期間を要することを理解し、その取引を円滑に進める心得があると大企業側に伝えると良いでしょう。

 ただし、納期や要求事項に対する実現性については、慎重に回答すべきです。言い換えると、「数日返答がなくても大企業との関係性を消極的に考えない」「検収対象物のイメージを伝える」「前のめりになりすぎず、他の取引や自社の人的リソースの状況を加味して要求に回答する」といったことが大切です。

 また、自社に期待されていることが何なのかを意識することも肝要です。例えば、経営企画部ならば組織内への導入や事業部と連携した新製品・サービスの開発が相手方の期待となりますし、事業部ならば既存製品・サービスの高付加価値化、営業部門ならば双方の取引先へのクロスセル、といった具合に相手方の所属部署に応じた自社への期待値を整理して応対すると良いでしょう。

 本稿では、日本企業におけるオープンイノベーションの阻害要因と、大企業とスタートアップそれぞれの視点で対応策を紹介してきました。これらが日本企業におけるオープンイノベーションの推進とさらなる成長に資することを願っています。

4 デザイン思考とオープンイノベーションの詳細については、『デザイン思考が世界を変える』(Tim Brown著、 早川書房 2014)P193や『デザイン思考と経営戦略』(奥出直人著、エヌティティ出版 2016)P42他を参考のこと

5 経済産業省(2016),オープンイノベーションに係る企業の意思決定プロセスと課題認識について、P29
http://www.meti.go.jp/committee/sankoushin/sangyougijutsu/kenkyu_kaihatsu_innovation/pdf/003_04_00.pdf

6 スタートアップの成長ステージの定義には、国内外の関係機関ごとに複数の定義が存在。本項は一般社団法人ベンチャーエンタープライズセンターベンチャー白書2016等を参考に著者経験にて作成

7 Accenture Ventures, Accenture Research and G20 Young Entrepreneurs Alliance (2015), Harnessing the Power of Entrepreneurs to Open Innovation-SUMMARY