私はアニメが好きである。毎年何十本もの作品が世に生まれる中で、理想の”嫁”に出会えたくらいにはアニメ視聴を嗜んでいる。そんな私が近年のテクノロジーに期待する分野がある。それが“AI”だ。
“第三次AIブーム”と言われる現在、どこを向いてもAIや人工知能という言葉が踊っている。富士キメラ総研のレポートによれば、2030年度には市場規模として2兆1,200億円にも成長すると予測しており、これは実に2015年度比で14.1倍にもなるという。
出典:富士キメラ総研「『2016 人工知能ビジネス総調査』まとまる(2016/11/28発表 第16095号)」より作成
こうした産業からの要請を背景に技術革新も進んでおり、最近では将棋や囲碁で人間に勝利するAIが登場したり、AIの作成した小説が賞の1次審査を通過したりと、いよいよ人間に近づいていく予感を本格的にさせるニュースが報じられた。
いざ、人工知能が普及した世界は、どうなるのであろうか。IoTTodayでは以前に児玉哲彦氏の『人工知能は私たちを滅ぼすのか 計算機が神になる100年の物語』(ダイヤモンド社)を紹介した。2030年に生きる女子大学生が主人公で、1人1台ずつ人工知能を搭載した端末を所持する世界。端末との会話の中で道路状況を把握しタクシーを呼んだり、電話を同時通訳したりといった未来の生活が描かれている。
また、SF映画でもAIの発達した世界が描かれる。「機械仕掛けの神、AIは人間の敵か味方か」で紹介した『エクスマキナ』では発達したAIと人間の関係性を考えさせられる物語だ。
このように、AIが普及・進化し人間に近づいていくにつれ、避けて通れなくなるであろうテーマとして、AIに人格があるかどうか、というものがある。
果たしてAIに人格はあるのだろうか。あるとして、AIの人格はどこに宿るのだろうか。