「地域に貢献できる現場人材を育てたい」
「地方自治体は法律を忠実に執行するのみで、地域の問題は解決できないというイメージがあったが、本当はそうではない。地域ごとに異なる課題に向き合って、その地域特有の解決方法を模索しなければならない」と、出石稔副学長は語る。
大都市・港湾・海・山・温泉観光地・基地・超人口減少地域など、日本の縮図ともいえる多様な特性を持つ地域がある神奈川県は、地域特性を考える良い舞台になるという。
「課題解決のためには、まず法的素養が必要。社会の枠組み・基盤を定める法律を理解していないと、問題は解決できない。さらに、行政や自治体の視点を取り入れつつ、生活者視点で地域の課題をとらえることも必要」
現場思考も、法的素養も、どちらも必要だと出石副学長は強調する。
「これが、地元に貢献できる現場思考の人材を、法律知識・技能の下に育てていくことを重視する新学科を作った狙いだ」
文科省の言う「地方」とは3大都市圏以外を指すようだが、東京や横浜といった都市圏であっても地域特有の問題を抱えている。地域の課題は日本全国の課題だ。新学科の名前を「地方創生」でなく「地域創生」にしたのも、そういった問題意識の上だという。
どんな問題に取り組んでいくか
出石副学長は、ごみ屋敷問題を例に挙げる。
例えば、「近くにごみ屋敷がある、それを何とかしたい」という近隣住民の声があっても、対象となる家の中に堆積された物を一概に「ごみ」と解釈することはできない。近隣住民にとっては「ごみ」でも居住者にとって「ごみ」でなければ、財産として解釈されて、行政は廃棄物処理法を適用できない可能性も出てくる。その際には生活環境・悪臭として、異なる対応をする必要が出てくる。
また、今ある「ごみ」にどう対応するかだけでなく、家の片づけが困難な人への対応などの福祉上の問題も生じる。地域住民やNPOなどの協力を得つつ、定期的な片づけや声掛けによる再発防止に取り組む等、対処方法は地域ごとに検討すべきことである。
まずは、法律や条例といった法令をきちんと押さえたうえで、問題の所在を把握すること。また、副次的に起こってくる福祉上の問題などについては、一律の執行ではなく、地域に根差した柔軟な解決方法を提示すること。
こういった身近な課題に対する解決方法を広い視座で考えるためには、枠組みとしての法令の理解と、地域に根差した目線の両方が必要となってくるのだ。
現場思考の学び
地域創生学科で育てたい人材は、具体的に言うと、公務員(自治体職員)、地域のリーダー、防災・減災・復興のプロ、警察・治安関係者といった、幅広く地方創生・地域振興に貢献する人材だ。
新学科のカリキュラムを見ても、「かながわで、かながわを学ぶ」を標語に、地域創生人材を育成するための特徴的な科目構成が目立つ。また、科目の中に、体験型学習や課外ゼミ、自治体でのインターンシップなど、アクティブラーニングを多く織り交ぜている。
自治体が提供する科目である「地域創生特論」は、10の自治体にそれぞれ1科目をまるまる持ってもらうという、画期的な取り組みだ。自治体から派遣される市町長はただよもやま話をするゲストスピーカーではなく、非常勤講師として教育に向き合う。授業の全回を市町長が講義する自治体もある。
「自治体も、学生の目線が欲しい」と出石副学長は言う。
「同時に、学生にとっても、一緒に地域の課題を解決するヒントを探すという経験を学生時代から積むことで、現場をより近い場所として考えることができる」
地域安全コースでは、災害時に地域で自ら防災リーダーになる人材を育てる。講義を担当するのは警察・消防・海上安全の現職やOBだ。彼らは現場と理論の双方を理解している実践的な講師だ。
災害時には、自助・公助・共助の3つの助け合いが必要になってくるが、地域の人が助け合う「共助」は、行政が行きつけない公助の隙間を埋める、とりわけ重要な手段だ。その隙間にどう向き合うか、現場経験のある講師が伝えるという。
また、全学で開講する「かながわ学」では、政治・スポーツ・健康・自然など、それぞれ現場に通じている講師が神奈川の地域課題や魅力を講義する。市議会議員やプロスポーツの監督・経営者など、学生からしても興味の深いであろう分野だ。地元でのフィールドワークを伴う課題解決実習の前に、地域の特性を理解することを目的に開講している。
育成したい人材は「頭」を持った公務員
育成したいのは、「法と地域の両方の目線を持った地域リーダー」と出石副学長。
「地域リーダーの役割とは、政策を実施すること。政策というのは、利害対立する人の間での意思決定の上での、対策だ」
「対立する利害を理解するバランス感覚を持ちなさい、人々の痛みを分かるようになりなさい、何を解決しなければならないかを考える『頭』を持ちなさい。学生にはそう語っている」と出石副学長は言う。
地域の目で見ると何事も一律的なものではない。地域ごとの特色がある。
「日本全体が沈没しないためには、魅力ある地域を作ることが不可欠だ」と出石副学長は熱を込める。
<取材後記>
出石副学長が現場思考の学びを重視するのは、副学長の自治体職員としての経験からだという。
「横須賀で自治体職員を22年務める中で、現場を良く知り、理論と実践をリンクさせる考えを持った人材の必要性を感じた。その経験から、今回新学科に新規採用する教員はみな、自治体経験のある者をそろえている。また、一口に自治体経験としても、震災復興、シンクタンク、地域活性化のアドバイザリーなど、その経験の内容は多岐にわたる」という。
現場と一言で言っても、その現場は多種多様だ。
「法学」という、従来は座学中心でアクティブラーニングとは程遠いとされてきた学問を、地域という最も身近な場所の課題解決に引き付けた新学科。多様な現場に生じる多様な課題に、真正面からぶつかっていける素養と目線を持った学生たちの誕生に、新しい可能性を感じている。
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