昨秋のリーマン・ショック以来、消費の動きはすっかり鈍化し、ユニクロとマクドナルドといった低価格商品ばかりが注目を集めている。ここ数年、クラシック音楽の世界でも低価格で聴けるイベントが話題になっている。

 それは、毎年ゴールデンウイークに東京で行われているクラシック音楽の一大イベント「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」だ。東京駅と有楽町駅の間にあるガラス張りの建物が印象的な東京国際フォーラムを会場として、文字通り朝から晩までクラシックのライブ公演が行われる。

第13回ラ・フォル・ジュルネにウラル・オーケストラ出演 - フランス

フランスの港町ナントで始まったラ・フォル・ジュルネ〔AFPBB News

 2005年に始まり、今回で5回目となるこの音楽祭は丸の内の周辺を巻き込んで4月28日(火)から5月5日(火・祝)まで行われる。その期間中、東京国際フォーラムでは5月3日(日)から5日の3日間で8会場で167の有料公演が行われ、フォーラムその他、周辺地区で無料公演や関連イベント約150を合わせると全体で合計300以上の公演が行われるという一大イベントだ。

 このイベントの特徴は1公演の公演時間を45分ほどにしていることと、1500円から4000円と低価格で提供していること。クラシック音楽というとどうしても大上段に構えがちだが、垣根を低くしてクラシック音楽入門者や子どもにも楽しんでもらえるようにと考えられている。

 低価格の提供とあれば「安かろう悪かろう」というイメージを抱きがちだが、この音楽祭ではそうした安易な思い込みはやすやすと覆される。出演する国内外のアーティストの技量が極めて高く、それぞれの公演の演奏のレベルは本格的なクラシックファンたちをうならせる。

 日本での知名度はさほど高くない外国人アーティストも出演するが、どのアーティストも実力派揃いであることは過去の演奏会からも折り紙つきなのだ。もちろん、有名アーティストも数多く出演しているが、アーティストの知名度がチケットの代金に反映されない点もこのイベントを特徴づけている。

 チケット代は安いのに質が高い演奏が聴けるというコストパフォーマンスの高さとゴールデンウイーク中の都心のイベントであることが相まって、昨年は周辺のイベントを含め100万人超の人出となる大イベントに成長した。

フランスの小さな港町が発祥の地

 フランス西北部にナントという港町がある。歴史上では個人の信仰の自由を認めたと言われる「ナントの勅令」で世界史に名を残し、そして映画通なら「ナント3大陸映画祭」が思い浮かぶかもしれない。

 「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」のオリジナルである音楽イベント「ラ・フォル・ジュルネ」はこの街で1995年に始まった。

ラ・フォル・ジュルネの生みの親であるルネ・マルタン氏。音楽プロデューサー、およびオーガナイザー。フランス・ナント出身。経営管理学とともに音楽(パーカッション、音楽史、記譜法、和声、電子音響音楽)を学び、ナント市に芸術研究制作センター(CREA)を創設し、1979年から同センターの芸術監督を務める。世界各地でクラシック音楽を中心としたフェスティバルやイベントをプロデュースしている。1995年に生まれ故郷のナントで第1回の「ラ・フォル・ジュルネ」を開催。以降、ナントからビルバオ、東京、リオデジャネイロ、金沢へと新たな音楽の試みが広がっている

 人口30万人弱の中都市でクラシック音楽界の常識を覆すようなイベントが創始されたのはひとえにこの音楽祭の芸術監督、ルネ・マルタン氏の熱意とその人脈の広さによる。経営と音楽の両方を学んだマルタン氏は現在、年1300ほどのクラシックの公演のプロデュースをするクラシック音楽界の大立者だ。

 マルタン氏はより多くの人にクラシックを楽しんでもらいたいと願っていたが、その障害となっているのがチケット代の高さにあると考えた。そこで、故郷であるナントにおいて、低価格ながら演奏家も演奏の質も一流という演奏会を大胆な発想で創設したのが「ラ・フォル・ジュルネ」だ。

 マルタン氏は音楽の未来のためという思いを演奏家に伝えその出演料を抑えるとともに、祝祭としての性格を強く押し出しクラシック音楽の大イベントとして集客につなげた。実際にこのイベントを支えているのは自治体の助成と一般投資家であり、マルタン氏の経営手腕も功を奏し現在は黒字化しているという。