幸運にも筆者は北京と台北の両市に住む機会に恵まれた。政治システムが異なるため、「台北にあるが北京にはない」「北京にあっても台北にはない」ものは少なくない。その例外の1つが、中国の歴史的美術品などを所蔵する「故宮博物院」である。

 厳密に言えば、故宮博物院は現在、北京、瀋陽、台北の3カ所にあるのだが、今回取り上げるのは、よく知られている北京・紫禁城の「故宮博物院」と台北市土林区の「国立故宮博物院」が日本で同時に展覧会を開けるかもしれないという、ちょっと良い話である。

2つの「故宮博物院」

台湾と中国、2つの故宮博物院による合同展が台北で

2009年に台北で開催された初の合同展。写真は北京の故宮博物院から貸し出された美術品〔AFPBB News

 北京と台北の故宮博物院。名前はほぼ同じだが、失礼ながら、展示内容には雲泥の差がある。

 もともとは1925年、いわゆる北洋軍閥時代に一般公開された宮殿内の歴代王朝の美術品なのだが、当時所蔵品の総数は117万件を超えていたと言われる。

 その後、1933年に蒋介石がその中から1万9557箱もの重要所蔵品を故宮から南京に運び、さらに1937年には四川省に「疎開」させたという。

 これらの所蔵品はいったん南京と北京に戻ったが、1948年には特に厳選された2972箱の所蔵品が台北に運ばれたようだ。

 一方、北京の故宮博物館に残った所蔵品の多くは文化大革命の混乱期に破壊されたとも言われており、専門家によれば、めぼしい美術品のほとんどは現在台北にあるらしい。ちなみに、瀋陽の故宮博物院は主に後金・清時代の文物・美術品を展示しているようだ。

「台北故宮」美術展

 こうした経緯もあり、北京の「故宮博物院」と台北の「国立故宮博物院」が協力することなど、昔はあり得なかった。しかし、2008年12月、台湾行政院は「両岸故宮」政策を決定し、北京故宮博物院などとの交流を始めている。時代は確実に変わっているようだ。

 ところが、不思議なことに、最近日本で台北「国立故宮博物院」所蔵品の展示会が開かれたことは一度もない。北京の日本大使館で文化担当公使を務めたこともあり、日中友好協会会長であった故・平山郁夫画伯がこの点を深く憂慮されていたことを思い出す。

 なぜ台湾の国立故宮博物院の所蔵品が日本では展示できないのか。理由は信じられないほど単純だ。これまで日本には、海外の「国有」でない美術品を強制執行や差し押さえなどのトラブルから守る法的枠組みがなかったからである。

 1972年の日中国交正常化以降、台北故宮の所蔵品は「国有」ではなくなった。台湾側は海外での美術展で強制執行等が行われないことを担保するよう求めている。中華人民共和国の要請で外国に貸し出した故宮所蔵品が差し押さえられることを恐れるからだ。