高田賢三が育てた、パリの超人気レストラン

フランス人を虜にする日本食店「TOYO」の秘密は「進化」

2010.12.22(Wed) 鈴木 春恵
筆者プロフィール&コラム概要

 美食の町、パリに様々な形で日本食が浸透しつつあることは、このコラムの中でもたびたび触れてきたが、今回はレストランを1つご紹介したいと思う。

高田賢三のお抱えシェフが開いた評判の店

 リュクサンブール公園の南側、文教地区からモンパルナスのにぎわいへと移り変わる界隈にその店はある。名前は「TOYO」。オーナーシェフである中山豊光さんのファーストネームからの命名だ。

 かの高田賢三氏のお抱えシェフが開いた店ということで、パリのレストラン通にとっては、決して外せないアドレスとして内外のメディアにもだいぶ取り上げられ、予約が取りにくい店と評判にもなった。

 12月23日の開店1周年を間近にして、そんな喧騒もようやく落ち着いたかのように見える。

 冒頭に、「日本食」と書いたが、「TOYO」はいわゆる和食の店ではない。「フレンチの影響を受けた和食」と評されることもあれば、「パリと東京の折衷」と形容されることもある。

 従来の和洋どちらのカテゴリーにも当てはまらないスタイルは、中山さんの経歴と大いに関係している。

中山豊光さん

 1971年、熊本県菊池の出身で、高校卒業後、大阪の料理専門学校に学ぶ。その後、一世を風靡した神戸のフランス料理店「ジャン・ムーラン」で修業を重ねる。

 つまり、中山さんの料理人としてのスタートは、フレンチから。

 そして、1994年にやはり本場を経験する目的でフランスにやって来るのだが、まもなく阪神・淡路大震災が発生。被災した古巣「ジャン・ムーラン」を手伝うために、一時日本へ戻り、1995年の夏に再渡仏している。

 強力な伝手もなくやって来たというフランスでは、まずロワール地方のオーベルジュで経験を積む。

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出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめ、ヨーロッパの風土や文化、人々の暮らしをテーマにした取材を、文と写真で展開している。


欧州

欧州は観光ばかりでなく農業や地方の活性化、また少子高齢化対策などでも日本が学ぶべき点が多い。日本が課題とするこうした点を欧州ではどのように克服しようとしているのかの実例をお送りする。また、欧州で高く評価される日本の芸術・文化などのソフトパワーについてレポートする。