活字からネットへの過渡期

 これはマスコミが斜陽産業になったという原因も大きい。特に朝日新聞は、慰安婦問題が噴出してから(公称部数で)100万部以上も減っている。こういうときは「数字の取れるネタ」に走りやすい。

 安保法制のような政治問題はワイドショーの話題にはなりにくいが、加計学園のような「疑惑」は、いくらでも引っ張れる。役所の中からも、前川喜平前事務次官のような不満分子が出てきて、内閣支持率を下げる政治問題になる。支持率が下がると政局に影響するので、政治部も参加せざるをえない。

 週刊文春や週刊新潮など「右派」と思われていた出版社系の週刊誌も「反安倍」に舵を切った。これも営業的に考えると、右派の読者層だった戦中派(1930年代生まれ)が少なくなり、団塊の世代が紙のメディアの読者の中心になったためとみることができる。

 1947年に生まれた団塊の世代は今年70歳。会社を完全に引退したが、年金は満額受給できるので生活には困らない。やることがなくなって暇を持て余すので、1日中テレビを見て、新聞を読んでいる。いわば男性も「専業主婦」化したのだ。

 団塊の世代の人口はゼロ歳児の2倍を超えるので、社会的な影響力が大きい。子供のころ刷り込まれた「平和憲法」の理想を今も抱き、安倍政権に敵意をもつ。イメージとしては、民進党の国会議員を想像してみるといい。

 しかし団塊の世代はあと5年で後期高齢者になり、10年余りで半数がいなくなる。その下の(私以下の)世代はもう紙の新聞は読まないので、私の主宰しているアゴラのようなネットメディアが主流になるだろう。

 アゴラの月間ページビューは(他サイトへの配信を含めて)1000万を超える。これはネットメディアとしては群を抜いて多いわけではないが、週刊誌よりはるかに多く、新聞に近い。読者の中心は40代のビジネスマンだが、森友や加計の騒ぎには冷淡だ。

 蓮舫氏の二重国籍のような社会ネタには反響が大きいが、「反日」を攻撃するネトウヨは読者にいない。「憲法9条で日本を守る」という一国平和主義は否定するが、靖国神社を崇拝しているわけでもない。昔の朝日新聞のような「高級紙」の読者に近い。

 今は過渡期で、これからメディアは二極化するだろう。ネットメディアが量的にも質的にも主流になって多様化する一方、新聞はワイドショーに近づいて大衆紙になり、影響力は衰えるだろう。意味不明の「反安倍」キャンペーンは、紙のメディアが政治を動かす最後の現象かもしれない。