学習院大学・国際社会科学部の創設から数カ月が経った。国際経済を担当する伊藤元重教授に、現代の国際社会のトピックと、学生たちはどのようにこれからの国際社会に関わっていくべきか、今後の国際人材育成のあり方について聞いた。

学習院大学 国際社会科学部 教授
伊藤 元重 氏

 

変わりゆく時代の潮目を読む

 「ちょうどドイツにいたときにイギリスのEU離脱を目の当たりにし、世界の流れが変わっているということを肌で感じた」と伊藤教授は語る。

「今回のEU離脱問題で露わになったのは、グローバル化・市場経済のひずみ。市場経済には社会を大きく変えていく力があり、それによって傷つく人々も出てくる。その保障など、社会の安定は本来長い期間をかけて作っていくものだが、グローバル化の急速な進展によって安定がぐらついてきた。漠然とした怒りを抱える者たちが政治の場に訴えている。世界は内向きになり、振れ幅の大きい、不確かな時代に入った」

予測のつかない時代。若者にとっては悩ましい時代になっているといえる。しかし同時に、こういった世界の流れの変化がキャリア形成や転換のきっかけになることもある。

「1979年には、ボルカーのインフレ抑制成功政策や、石油価格下落。1990年代後半にはアジア通貨危機。2000年から2001年にかけてはITバブルや9.11、BRICsの台頭。そして2008年にはリーマンショック。世界経済にこういった大きな出来事が起こると、同じキャリアを生涯続けるという従来の考え方が崩れる。それは若者のキャリア形成にとっては大変なことであるが、同時に新しい考え方を取り入れるチャンスでもある」

伊藤教授は、銀行再編を機に異分野で起業し国際社会で活躍している教え子の例を挙げる。変化の時期にマイナス要素をプラスに変える柔軟性が、国際世界で生き抜く力になるのは確かだ。
 

新しい世界、新しいトピック

 日本、アメリカ、ヨーロッパ。先進国の経済が「長期停滞の時代」と言われるようになって久しい。

「世の中が豊かになるスピードは、アメリカは80年代に、日本は90年代に減速した。これはバブル崩壊のためだけではない。技術革新が止まったことにも端を発している」と伊藤教授。

「従来型の技術革新といえば、電力、動力などを指していたが、ここ5年で技術に対する感覚ががらりと変わった。AIやロボット、IoT、バイオ技術など、近時起こっている技術革新のあり方も従来型とは質的に異なっている。もちろん、新しい技術は、モラル面の整備などまだこれからという部分も多いが、これらが社会に与えるマグニチュードが、次の経済の成長を促す契機になる。人口減少や環境問題など、先進国が共通して抱える課題に対して、社会的にイノベーションを起こす必要も出てきた。こういった流れも技術革新を後押しする原動力になるだろう」

社会課題に対し、技術的にどう対応するかという問題は、むしろ学生たちのようなITに聡い世代の方が敏感なこともあるという。
 

学生たちと変化とのかかわり方

 国際社会科学部では、法律・経済学・経営学・地域研究・社会学の5つの社会科学分野から、社会課題の分析方法を学んでいく。

伊藤教授が1学期間担当した入門演習の授業では、学生たちは、難民問題、外国人労働者問題、三菱自動車の不祥事、値下げ・値上げのもたらす影響と物価など、多岐にわたる社会課題のトピックを検討してきたという。

高校を卒業したばかりの大学1年次の段階で、社会の課題を見聞きする側から課題解決に取り組む側へ、意識を転換させていくのは容易なことではない。しかし、そういった転換を経験して社会科学を習得していく道のりこそが、この学部の目指す国際人材の育て方である。


学生の側も変わってきているという。彼らはデジタル・ネイティブ世代だ。情報との距離は近くなっている。インターネットを通じてニュースに触れる機会も多い。
情報が集まりやすくなった結果、学生と社会との距離は縮まり、従来の定番パターンにとらわれない就職や、SNSを駆使したネットワーク作り、個人ベースでの海外とのかかわり方など、キャリアを柔軟に考える学生も増えているのだという。社会の変化に応じて、学生の行動パターンも変わりつつあるのだ。
 

国際人の資質

 今までにも増して不確かな時代がやってくる。10年後に国際社会の中軸となる学生たちがこの時代に国際社会で活躍していくためには、どういった素養、能力が必要だろうか。

「まずは人間力。場の流れを読む力や自分の意見をきちんと述べる力、つまり議論をできる能力を持つこと。いつも私は、声を大きくすることが肝心だと学生たちに話している。声が大きいと説得力がある」
「そしてやはりベースとなる学力を身につけることも重要」
「いろいろな経験をすること。たくさんの挑戦をクリアしていくという経験を若いうちにどんどんやると良い。実社会との関係を積極的に作っていくのも大事」

学習院大学目白キャンパス

 

<取材後記>

 「学者をやっていて面白いのは、様々な分野で活躍する人々と会えることだ。それが自分の中での糧になっている」と伊藤教授。「国際交流は自分の周りからとはよく言ったもので、意識して他分野の人材と交わっている」

分業・専門化が進んだ20世紀後半を終え、21世紀の私たちには、専門を極めるだけでなく他分野とのシナジーを起こして学際領域に踏み込む能力も必要となってくる。それは同時に、さまざまな境界を越え、学問・技術・研究の領域と実社会を繋ぐ能力でもある。

AIが台頭するであろう遠くない未来に、自分たちは何をできるか、それを考えるのに大学という場は良い機会を提供するだろう。「社会人の方々にももっと大学に来てほしいですね」と伊藤教授は締めくくる。
「専門を掘り下げる深さと、境界を越える広さとのバランスを大事にする」ということは、新学部で学ぶ学生たちのみならず、社会人にも当てはまるアドバイスだろうと思う。


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