早稲田大学には、多彩なMBAプログラムを提供している早稲田大学ビジネススクール(WBS)やファイナンスに特化した早稲田大学大学院ファイナンス研究科(NFS)がある。どちらも、毎年多くの優秀な学生がその門を叩く人気の高い社会人大学院だ。

NFSは、2004年に金融を核とする高度職業人の専門教育を行うことを目的に設立された研究科。しかし、NFSの設立当初は知名度が低く、関連業界などにあまり認知されていなかったという。

「このままではいけないと思い、業界や学生への認知を獲得するため、あえてファイナンスに特化して活動するという戦略をとった」と、大学院ファイナンス研究科長の川口有一郎氏は当時を振り返る。

早稲田大学 大学院ファイナンス研究科
研究科長 川口 有一郎 氏


その甲斐あってNFSは、他校のファイナンス教育が縮小していく中、国内ファイナンス教育の中心として認知されるようになった。現在では、金融機関や金融アドバイザー、経営者、会計士のほか、一般事業法人や官公庁で働く職業人が通う国内屈指の大学院に成長している。

一方、現WBSの歴史をひも解くと、その歴史は長い。1973年のノンディグリープログラムに始まり、1998年にはMBA学位を授与するプログラムを開始。その後、さまざまなプログラムを展開し、多くのMBAホルダーを輩出する大学院として、今や国内で知らない人はいない存在にまで成長している。

ところが2016年4月には、このWBSとNFSを統合し、新生WBSとして新研究科「経営管理研究科」を開設するという。WBS/NFSともに同大学の強みとなっている現在、なぜこの2つの社会人大学院を統合する必要があるのだろうか。

「ビジネススクールは、市場ニーズを見ながら変化すべき。現WBSは、これまでも統合することで、強みを増してきた。はじめの統合は、2007年。アジア太平洋研究科国際経営専攻と商学研究科のMBAプログラムが統合し、現在の形となった」と、早稲田大学ビジネススクール・ディレクターの根来龍之氏は証言する。「今後は、これまで以上にファイナンス教育が求められていくはず。そこで、NFSとの統合に踏み切った。今回の統合により、新研究科は、さらに優秀な経営陣を育てる力が強化されると信じている。これまでの分散的な構造から、単一構造のビジネススクールに作り替える意義は、まさにそこにある」(根来氏)

早稲田大学ビジネススクール
ディレクター 根来 龍之 氏

 

統合の目的は、本来の構造に作り直すこと

 実は、WBSとNFSとの統合のシナリオは、以前から検討されてきた。統合の目的は、それぞれの強みを引き継ぎつつ、お互いのシナジーを発揮することと、より強いビジネススクールに進化すること。そして、この2つを統合することにより、(1)プログラムの充実、(2)人的ネットワークの多様性の確保、(3)バランスのとれた教員チーム――という3つのメリットが生まれるという。次に、この3つのメリットについて具体的に見ていこう。

まずは、「プログラムの充実」だ。WBSとNFSのMBAプログラムを統合することで、ビジネス教育とファイナンス教育の強化・融合が実現できる。これにより、高度専門職業人養成のニーズに対して一段高いレベルで応えることができるようになるはずだ。

2つの組織を統合した「経営管理研究科」(新生WBS)が提供するプログラムはMBAとMSc in Financeからなる。MBAプログラムは更に(1)グローバルマインドを備えたビジネスリーダーを育てるため、日本語または英語のどちらかを主とする履修言語として学べる「全日制グローバル」、(2)ビジネスで必要とされる広範な知識をバランスよく修得する「1年制総合」と「夜間主総合」、(3)スペシャリティを武器に経営幹部を目指す人に向けた「夜間主プロフェッショナル」から構成される。さらに夜間主プロフェッショナルには、マネジメント専修とファイナンス専修がある。一方、MSc in Financeは、英語でファイナンスを学ぶ全日制のプログラムとなる。また、これら以外に、WBSとのダブルディグリーが取得できるプログラム(早稲田-ナンヤンダブルMBA、早稲田-ESCPダブルディグリー制度)もあり、多様なニーズに対応したプログラム構成となっている。

次に、「人的ネットワークの多様性の確保」である。WBSとNFSが統合すれば、卒業生・在校生も経営管理研究科に集約される。そうすると、その規模はこれまでよりも大きくなり、人的ネットワークの幅が広がる。卒業生の数だけ数えても、4,300人規模だ。人脈形成の場でもあるビジネススクールにおいて、このメリットは非常に大きい。

最後に「バランスのとれた教員チーム」について考えてみよう。当然のことながら、今回の統合によって教員チームの規模も大きくなる。その結果、各分野の教員をそれぞれ十分に配置できると同時に、シニアコンサルタント、企業経営者、金融業界などで実績を持つ実務家教員、アカデミックな訓練をうけて綿密な理論展開を追求する研究者教員などをバランスよく配置できるようになる。
 

アジアトップクラスのビジネススクールを目指す

 根来氏によると、「経営管理研究科は、国際競争力を高め、アジアトップクラスの新時代のビジネススクールを目指す」という。

「アジア圏のビジネススクールを見ると、米国のトップクラスのビジネススクールをコピーした後発モデルが中心。このモデルでは、トップクラスのビジネススクールと本当の意味で競争することはできない。経営管理研究科のモデルは、これらとは異なる。その強みを生かし、まずはアジアを代表するビジネススクールに育てていく」と言う。

この発言を受けて、川口氏は次のように話す。「リーマンショックなどで、これまでの価値観に疑問を持つ人が増えている。そのような中、アベノミクスや東京オリンピックなどで、世界の中でも日本が注目されている。タイミングとしても絶妙だ」。

東京発のビジネススクールは、アジア各国のビジネススクールから更に注目されるだろう。それだけに、経営管理研究科の展開には、国内外からの注目も高い。経営管理研究科が、今まで以上にアジアを代表するビジネススクールとして知られる未来は、そう遠くないのかもしれない。

<取材後記>

 名実ともに国内トップクラスの二つの社会人大学院が、今なぜ「統合」する必要があるのか、取材を行うまでは、実はよくわからなかった。しかし取材を通して「統合」という言葉の定義を間違えていたことに気がついた。

 「統合」が単に「くっつける」ということならば、それほど意味を持ちえないと考えていた。しかし、早稲田大学の言う「統合」は、お互いを強化し合う「補完関係」にほかならない。

 つまり今までのWBSおよびNFSは、決してなくなることはない。形は変わるが、そのDNAは今後も生き続けることになる。今回の統合により、新しい早稲田大学ビジネススクール(経営管理研究科)は、国際競争力をさらに高めたモデルとなるのだ。

 早稲田大学ビジネススクールが見ている先は数十年先の世界だ。今回の「統合」は、その歩みの中の一歩に過ぎない。


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