7月以来、オバマ政権は中国に対抗して東シナ海や南シナ海での米軍のプレゼンスを強調するようになった。そのタイミングと合致するかのように、8月16日、米国防総省が中国の軍事力に関する年次報告書を公表した。もともとは今年3月に公表予定だったのが半年近く遅れ、ようやく日の目を見た。

 公表が遅れた理由はすでに「中国のロビー活動『三亜イニシアティブ』が米国を浸食」で触れているので省略するが、そこでも指摘したように、2010年度国防授権法に基づいて、年次報告書のタイトルはこれまでの「中華人民共和国の軍事力」から「中華人民共和国に関わる軍事・安全保障動向」へと変更された。

最悪のタイミングになった年次報告書の公表

 報告書はPDFファイルで表紙、目次を含め83ページあり、これまでで最大のボリュームである。

 タイトルの変更は、当然ながら内容にも変化をもたらしている。中国の軍事力の動向分析のみならず、中国軍の国際貢献、例えばソマリア海賊取り締まりのための中国海軍のアデン湾派遣や国連平和維持活動(PKO)への参加状況等も紹介されるようになった。米中の軍事交流についても、独立した章を立てて論じている。

 報告書の要約を見る限りでは、中国の軍事力を「脅威」としてだけ捉えるのではなく、経済的にも政治的にも躍進する中国が国際安全保障で貢献する側面にも目配りしている。オバマ政権らしい対中配慮とも言えるだろう。これは同時に、中国の対米ロビー活動の成果でもあった。

 米中関係が良好な時にこの報告書が公表されていたならば、中国の反応は違っていたかもしれない。しかし、3月から現在までを振り返ってみると、「あの時点で公表しておけばよかったのに」と思えるようなはっきりした場面がなかったことも事実だ。

 例えば、4月上旬にワシントンで開催された「核安全保障サミット」への胡錦濤主席の出席から、5月下旬に北京で開催された「米中戦略・経済対話」までの2カ月弱が、米中関係が比較的良好だった時期と言えるかもしれない。だが、現実にはこの時期でさえ、米中はお互いに相手に対して我慢を強いられていた。

 中国は、オバマ政権による1月の台湾向け武器供与決定、2月のダライ・ラマとのホワイトハウスでの面会に激怒していた。米国側は、中国の人民元レート切り上げ問題や、北朝鮮、イランへの制裁問題で不満を募らせていたのが実態だった。この時期に公表していれば、やぶ蛇だった可能性の方が高かったろう。

 東シナ海での米韓軍事演習や、南シナ海における領土問題や航行の自由を巡って、米中関係は意見の対立が表面化している。

 オバマ政権は、中国の軍事力強化という側面だけを強調しない相対化した年次報告書をせっかく仕立て上げたにもかかわらず、図らずも最悪のタイミングでこれを公表したことになる。

 すでに7月の段階で、共和党のジョン・マケイン議員らが、年次報告書の公表遅延を問題視し、抗議する書簡をゲーツ国防長官に送っていた。議会からの圧力もあり、また、オバマ政権自体も、中国の軍事的台頭に対応する必要に迫られ、公表に踏み切った格好になったのが実態だろう。

中国側はオバマ政権の「配慮」を無視

 当然のことながら、中国国防部報道官は早速これに反応し、抗議の声明を出している。