グローバル化の時代において、世界中で「国」や「民族」の意識が薄れつつある。とりわけ中国人は、中国という国、または中国文化への帰属意識が大きく後退している。
中国のメディアの報道によると、映画俳優など著名人の8割、そして企業経営者など超富裕層の6割は中国国籍を放棄し、カナダやオーストラリアなど外国籍を保有していると言われている。
一方、奇妙な現象だが、これらの有名人はオリンピックや万博などのイベントで率先して愛国の歌を歌い、国民の愛国心を喚起しようとする。
彼らは本当に愛国者なのか、それともその場限りのビジネスなのか。筆者には、どうも後者の可能性の方が高いように思われる。
中国でも曖昧になりつつあるナショナルアイデンティティー
サミュエル・ハンチントンの著作『分断されるアメリカ』(集英社、原題は「Who Are We?」)によれば、米国人のナショナルアイデンティティーの意識は、9.11事件をきっかけに急速に強まったという。
しかし「ナショナルアイデンティティーとは何か」という問いに答えるのは、なかなか難しい。
米国本土が攻撃され、多数の死傷者を出した「9.11事件」は、米国人に大きな衝撃を与えた。とはいえ、それによって米国人のナショナルアイデンティティーが明らかになったわけではない。
ハンチントンが指摘したように、米国人がナショナルアイデンティティーを取り戻したというのは、普通の米国人が国歌を歌い、自宅の庭先で国旗を掲揚するようになったということである。
米国人とは何者なのか、という問いに対する答えは、移民国家の米国において今も曖昧である。
実は、中国人のナショナルアイデンティティーもますます曖昧になりつつある。これまでの60年間、中国人は学校で帝国主義に侵略された事実を教育され、愛国心を喚起するよう教え込まれてきた。しかし、学校教育に取り入れられている「愛国心」は、必ずしもナショナルアイデンティティーと同じことを意味するものではない。
近代になってから、「これこそ中国人だ」というナショナルアイデンティティーは、ほとんど明らかにされたことはない。こうした中で「愛国心」と「共産党を愛する心」を混同する傾向が、今も続いている。
海外在住「華人」は中国人であることを強く意識している
戦争は間違いなく、ナショナルアイデンティティーを強めるきっかけとなる。また、オリンピックやサッカーのワールドカップのようなスポーツも、人々のナショナルアイデンティティーを喚起し、愛国心を鼓舞させる。
中国の場合、自らのナショナルアイデンティティーを最も意識しているのは海外の華人たちであろう。
ニューヨークやロンドンなどの中華街に行って、そこで生活する華人と話をすると、彼らは自分が中国人であることを非常に強く意識していることが分かる。
これらの華人の多くは中国籍を放棄し、とっくに定住する国の国籍を取得している。しかし、華人にとって「国籍」は、その国で生活するための手段に過ぎない。国籍が変わっても、ナショナルアイデンティティーは変わらないということだ。