5月30~31日、シンガポール。今年の「アジア安全保障会議」ではちょっとした異変が起きた。これまでは中韓の学者が場違いの対日「歴史問題」批判を繰り返し、日本が槍玉に挙げられることも少なくなかった。
ところが今回は日本の存在感が際立っていた。安保関連の民間国際会議で日本がこれほど注目されたのは恐らく初めてではないか。
逆に言えば、中国が「対中懸念」大合唱のなか、全面的に孤立したということ。日本では中国の反日プロパガンダ、特に三戦(輿論戦、心理戦、法律戦)の脅威を強く警戒する声が高まっていたが、今回は中国対外広報戦略の致命的欠陥が露呈したようだ。というわけで、今回のテーマは中国「三戦」の実態である。
シンガポールでの四面楚歌
それにしても中国の体たらくは尋常でない。ご自慢の「三戦」戦略はいったいどうしたのだろうか。
日米はもちろんのこと、オーストラリア、ベトナム、タイの国防相までが、表現ぶりに濃淡はあるものの、「地域の緊張を高める」中国を口々に批判し、議場では「深刻な懸念」や「国際法違反」なる発言が飛び交った。
これに対し、会議に出席した人民解放軍・王冠中副総参謀長は「(日米)は歩調を合わせ、会議の場を利用して発言し、中国への挑発と挑戦をした」「日本よりは米国の方がマシだ」などと反論したそうだが、およそ反論になっていない。これほどの四面楚歌の中で孤軍奮闘する中国軍人を見た記憶はない。
ところでこの会議、名前は仰々しいが、政府主催の公式会合ではない。英国の有力民間シンクタンクIISSが主催するシンポジウムで、安全保障屋の間では「シャングリラ会議」と呼ばれてきた。発言者は基本的に招待ベースで決まるのだが、今回はとにかく異例ずくめだった。
最も驚いたのは、初日夜の夕食会で安倍晋三首相が演説を行ったことだ。日本の首相の参加は初めてであり、しかも名誉あるオープニング夕食会で基調演説を行うというのだから、びっくりした。スピーチも当然招待ベースだから、今回は主催者側から日本にお声がかかったということ。興味深いではないか。
期待を裏切る出来の安倍演説
こうした対日配慮を額面通り受け取ってはならない。IISSを含め欧米のシンクタンクの中にも安倍首相の外交姿勢に懸念を隠さない向きが少なくないからだ。
今回出席した親しい友人によれば、欧米の参加者の多くは安倍首相による「右傾化・ナショナリズム丸出しの対中批判」を内心予想していたという。
こうした下馬評に反し、安倍演説は法の支配を前面に出し、中国を一切名指ししない、実に格調の高い内容だった。これにより、日本の態度に懸念を有していた一部の参加者の見方は、「安倍首相もなかなかやるじゃないか」という評価に大きく傾いていったそうだ。