南シナ海の領有権問題をめぐり中国との間で緊張が高まるベトナム。一方、ベトナム国内では、“別の緊張”が注視される。それは、一般のベトナム人によるデモや集会、そして当局への抵抗に対する緊張だ。
ベトナムでは共産党一党独裁体制の下、政府主導で経済成長路線が推し進められている半面、国民の諸権利は制限を受けていることが指摘されている。
だが、5月にベトナム各地で起きた大々的な反中国デモからは、この国の人々が何がしかのアクションを起こすだけのエネルギーを内包していることが見て取れる。民衆のエネルギーは、ベトナムという国のあり方を問うものになりうるのか。
原則禁止、それでも広がるデモ
今、首都ハノイ市や南部の商都ホーチミン市に足を踏み入れると、商業施設の建設が進み、外国人観光客の姿も多く、成長著しい新興国の活気が伝わってくる。
スマートフォンを片手にミニスカートとハイヒールでバイクに乗る若いベトナム人女性の姿は、もはや当たり前の存在だろう。ベトナムを訪れると、経済成長による所得上昇や消費文化の浸透を受けた“自由な雰囲気”を感じる人も少なくないのではないか。
しかし、外国人の目から見たその“自由な雰囲気”は、制限付きの自由かもしれない。実際に、国民が政治にかかわることは大きく制限されている状況があり、デモは原則的に禁じられている。
南シナ海をめぐる中国との領有権問題に関連したデモは今回に限ったことではなく、以前から繰り広げられてきた。首都ハノイ市の中国大使館前での抗議行動がその典型例だろう。
こうしたデモを当局は一時的に黙認しつつも、最終的には逮捕者が出ている。
ベトナム政府は、中国に対する反感という外に向けた市民の怒りのエネルギーが、国内にそそがれることを慎重にまぬがれようとしているのではないか。一時的なデモは、一種のガス抜きとして許されるが、本格的な政治運動や社会運動への道を国民にはまだ開く用意がないということだろうか。
一方、5月のデモは大変な勢いを見せた。
5月15日付のベトナムのオンライン新聞ベトナムネットによると、南部の商都ホーチミン市近郊のビンズオン省の工業団地では13日の朝、「トン・ズオン・シューズ社」の従業員約7000人が、ベトナム国旗を手に、中国による南シナ海での石油掘削に反対するデモ行進を行った。