「通称」というものの存在を知ったのは小学6年生の時だった。

 少し前からテレビのニュース番組を観たり、新聞を読むようになって、幾人かの政治家の名前と顔を覚えた。

 佐藤栄作、田中角栄、三木武夫、大平正芳などなど。首相経験者の名前はそれぞれに迫力があり、彼らの独特な風貌と相俟って、子供心にも印象が深かった。

 野党の側にもいろいろな人がいたが、不破哲三という名前は全政治家の中でも別格で、凄い名前があるものだと、私は密かに感心していた。

 ところが、それは本名ではなく「通称」なのだという。

 「つまりは芸名みたいなものね」と母は説明してくれたが、歌手や俳優ならともかく、政治家に芸名が許されるのかと、12歳の私はなんとも融通の利かない疑問を抱いたのだった。

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 婚姻届を提出し、戸籍上は夫の姓になった後も、「通称」として旧姓を用いる女性の数は年々増えている。

 社会で活躍する女性にとって、結婚を境に姓が変わることで受けるリスクは極めて大きい。

 社内でのお茶汲み→寿退社が常態だった一昔前であれば、結婚後も働き続ける女性の数はごく少なく、旧姓と改姓後の名前を両方とも覚えてもらうこともさほど難しくはなかっただろう。

 ところが、現在は多くの女性が一般職として男性と同じように働き、取引先や他社とも付き合っている。そうした中で結婚後に名前が変われば、彼女の認知度は当然低くなるし、旧姓と新しい姓の間で混乱も起きる。

 古い体質の職場を表すエピソードとして、電話をかけて旧姓を言うと、「そういう人はいません」と問答無用で切られるというものがある。

 以前なら旧姓の使用を許さない頑迷な社風ということで眉をひそめられるくらいだったかもしれないが、現代のような競争社会では、電話一本の取り次ぎミスが命取りにならないともかぎらない。

 つまり、結婚による改姓は個人が負うリスクというよりも企業自体が負うリスクと考える方が適切なのである。

 20年程前までは、日本アイ・ビー・エム、朝日新聞社、富士ゼロックス、ソニー、丸井といったごく一部の企業だけが旧姓の使用を認めていた。