ニッケイ新聞 2013年8月2日~8日

 不妊夫婦は世界に約5万組とも言われる。女性の社会進出にともない晩婚化、晩産化が進む今日、不妊治療に注目が集まってきている。しかし、精子や卵子の売買の可否など法的な難題は多く、希望者への規制も厳しいのが現状だ。

 一方、ゲイ(同性愛)、事実婚カップル(夫婦)への治療や条件つきの代理母出産など、ブラジルは緩やかな規制で多くの人に門戸を開いている。

 子どもの誕生を無条件に喜ぶ傾向の強い当地は、海外最大の日系社会を擁していることから、実は日本人にとっても潜在的に有望な卵子提供国といえる。聖市の不妊治療院でボランティアを務める戦後移民女性・片島里美さん(仮名)は、そんな現状を評して「不妊治療天国」と呼んだ。

南米最大の不妊治療専門病院

ハンチントン病院のパウラ、ジョゼ、マルシア医師

 片島さんの案内で、高級な医療機関が立ち並ぶ聖市レプブリカ・ド・リバノ大通りにある「ハンチントン病院」イビラプエラ支部を訪ねた。同病院は1995年に設立した南米最大の不妊治療専門病院で、大半の医師が英語を話せる国際色の強い病院だ。現在、聖市やカンピーナスなど計五つの支部がある。

 白衣を着て、親しげな笑顔で記者を迎えたのはジョゼ・ロベルト・アレグレッチ医師(44)。特殊な顕微鏡を使って卵子を受精させる専門技術者で、「ここは世界の最先端技術が集まる場。卵子の凍結にはじめて成功した病院の一つでもある」と誇りをにじませた。

 パウラ・フェッチバック医師(33)は「最近多いのは、不妊治療ができる病院が少ないアフリカからの患者ね。南アメリカや法律が厳しい欧州の患者も多い。日本人の患者は5%くらいかな」と続けた。

 「治療をうけるためだけに来る人もいる」とマルシア・リボルジ医師(29)は語り、治療の成功率など同院のデータを見せながら「人種による違いは全くないし、不妊の原因も同じ」と説明した。

 日本人の患者は主に駐在員の妻だ。医師らは「治療に向き合う患者の態度は皆同じ」と口をそろえるが、片島さんは「日本では、おおっぴらに言いにくい雰囲気がある。駐在員の妻は時間があるから、こっちにいる間にやっておきたい人もいるのは事実」と日伯の温度差をほのめかした。

6組に1組が不妊カップルの日本

 日本は6組に1組が不妊カップルといわれる。不妊治療を行う病院数は600で世界一、高度生殖医療(体外受精、顕微受精など)の治療件数も21.3万件と世界トップの座を占める(東洋経済オンライン、2013年4月24日付報道)。

 それにもかかわらず、日本では「不妊は恥ずかしい」という偏見がいまだに根深い。

 2年前、18カ国の男女1万人を対象に実施された調査では、日本における「子どもをもちたい」という欲求は、ブラジルとは対照的に低く、不妊治療への理解・知識レベルも中国やインドと並んで最低水準にあるという結果が出た(薬事日報2010年7月20日付報道)。不妊の原因が男性にある場合、女性にある場合ともに5分5分ということも、必ずしも周知は進んでいない。

 パウラ医師は「ブラジル(の中産階級以上)も20年くらい前までは、そうだった。でも今はメディアが正しい知識を普及したおかげで随分変わった」と笑顔を見せる。

 先進国、日本では必要な“情報”はいくらでも手に入る。だが、実は不妊に関する“認識”に関しては後進国的とすら言える状況が浮かび上がる。