5月中旬、日中韓サミット(首脳会談)が北京で開かれた。主要な議題は地域の安全、繁栄と平和をいかに実現するかということだった。

 なかでも目玉は、日中韓による自由貿易協定(FTA)締結に向けた交渉開始に関する合意である。世界では、北米の自由貿易協定(NAFTA)やEUおよびASEAN諸国による自由貿易協定(AFTA)などがすでに成立している。それに対して、北東アジア3カ国によるFTA締結に向けた交渉は大幅に遅れている。

 北東アジアの3カ国は近隣であり、文化も類似している。それにもかかわらず、コモンマーケットの構築に向けて突っ込んだ議論をしてこなかった。それよりも、互いに警戒しながら形だけの協力を進めてきた。その警戒の背景にあるのは、相互不信である。

中国の大国化でますます高まる「不信」

 北東アジアの近代史のなかでどうしても避けて通れないのは、あの戦争の影である。最も不幸だったのは 戦争そのものはもちろんのこと、戦争責任とそれに関わる歴史観をきちんと整理せず、いまだに各国間でコンセンサスが得られていないことである。

 共通した歴史観は、戦争および戦争責任を語るうえでのいわば「ルール」のようなものだが、3カ国の国民の間でそれが確立されていない。例えば、なぜあの戦争が起きたのか、戦争を起こした側の目的は何だったのか、侵略された国にもたらされた被害はどれぐらいだったのか、戦争を起こした加害者はどこまで反省すれば被害者は納得するのか、といった戦争論の基本的なところすら曖昧なままである。

 こうした戦争の負の遺産を引き継ぎながら、戦後、日中韓はそれぞれ違う道を歩むようになった。日本と韓国は西側陣営に属する民主主義の道を歩んだ。中国は東側陣営の主要メンバーとして社会主義の道へと進んだ。

 冷戦下で社会主義陣営はだんだん苦しくなり、最後は1990年代初頭、ベルリンの壁は崩壊し、東側陣営が大敗することで冷戦が終焉した。

 しかし、中国は少なくとも建前では社会主義路線を続けている。その結果、北東アジアでは冷戦が完全に終わっていない。朝鮮半島を見ても、依然として戦争状態が続いている。台湾海峡の対立と不信もいまだに取り除かれていない。