北海道赤平市にある植松電機は、バッテリーを動力にしたリサイクル作業用マグネットを開発・製造・販売している社員20人の会社です。同社のユニークなところは、本業の傍らに始めたロケット開発。
現在では事業としても育っていますが、事業面としてよりも社員の能力向上と働く喜びを生み出していることに特徴があります。ロケット開発が仕事の自信につながり、それがお互いを尊重する組織をつくる。そうした効果により会社は成長を続けているのです。
ボランティア活動から生まれた宇宙開発
札幌から北東に80キロ。かつて炭鉱の町として賑わいを見せた北海道赤平市。しかし、1960年代から始まった国内の鉱山閉山の流れがここにも訪れ、94年には赤平最後の炭鉱が姿を消しました。
〒079-1101
北海道赤平市共和町230番地50
それに伴い、最盛期の60年には6万人にも達していた人口が、95年にはその4分の1ほどの1万7000人台に激減。新たな産業が生まれないまま、町は活力を失い、現在は炭鉱遺産での観光を中心に活路を求めているところです。
そうした厳しい環境の中で、全国の企業や学校から見学の申し込みが絶えない企業があります。リサイクル作業のクレーン用バッテリー式マグネットの製造・販売を主力事業とする植松電機です。
創業者であり、現在も社長を続けている植松清氏が、第2次大戦後に樺太から引き上げ後に勤めた炭鉱会社を退職して、会社を設立しました。創業当初は鉱山機械の修理が主な事業でした。しかし、鉱山機械の需要が少なくなる中で、培ってきたモーター技術を生かして徐々に多角化を図ります。
今ではバッテリー式マグネットのパイオニアとして知られるようになりました。
62年の創業からしばらくは清氏がそれこそ孤軍奮闘で事業を切り盛りしてきました。しかし92年に、清氏の長男で現在専務の植松努氏が大学卒業後に就職した企業を退社して芦別に戻ってきてから、植松電機は新たなスタートを切ることになりました。
芦別に戻った当初の努氏は、親子2人きりの慣れない仕事の中で、技術では父に太刀打ちできない歯がゆさを感じながら自分の場所をつくろうと必死になっていました。そこで、前職の重工メーカーでの経験を生かそうと考えたのです。
得意のコンピューター技術を生かした設計ができないか――。
-
そろそろ「成長」という旗印を降ろす時なのか (2012.01.31)
-
ホリエモンを叩いてオリンパスを叩かない政財界 (2012.01.17)
-
広報は再び窓際ポストになってしまうのか (2011.12.20)
-
変化著しい欧州の消費者、苦戦する大規模小売 (2011.12.16)
-
タコ社長の苦労が和らぐ日はいつ来るのか (2011.12.06)
-
働くところがなくなるOJT育ちの社員たち (2011.09.14)
-
本当はなかった日本企業の「長期的戦略」 (2011.09.01)
-
格安航空会社のCAは「なでしこ」になれるのか (2011.08.12)
-
九電「やらせメール」に見た昭和の日本 (2011.07.26)
-
成功体験という亡霊 (2011.07.12)


SHARE
RESIZE
Small Size
PRINT
Small Size
Large Size












