前回コラムでは、困窮の果てに密輸ビジネスに手を染めた女医との対話を紹介した。軍人や党の関係者とグルになりながら慎重に進めていた国境ビジネスが、何者かに通報された。一緒に金儲けに勤しんでいた仲間たちを守るために、責任を取るために、中国への脱北を決断、そして、実行した。

 脱北者と化した大卒の元女医は、何を思い、どんな心境でこれまでの道のりを歩んできたのだろうか。

中国人にカネを騙し取られる

中国と北朝鮮、国境中州で経済特区着工式

中国北東部・丹東の万里の長城から見た鴨緑江。その先が北朝鮮〔AFPBB News

 筆者 脱北する瞬間はどういう気持ちだったんですか? 急な決断だったと思いますが、スムーズに事は運んだんですか?

 女性 急な決断でした。いろいろ考えている暇はなかった。長白から脱北した当日は、7歳になる子供を背負って、最初は国境河川のほとりで水を汲むしぐさをしていました。

 周りに北朝鮮や中国の軍人がいないことを確認してから、水に浸かりました。それから、人目を逃れるように、一気に中国側に向かって走り、泳ぎました。

 子供が泣くんじゃないかということだけが心配でした。中国側にたどり着き、身を隠し、落ち着くまでに、5分とかかりませんでした。夫は北に残したままでした。

 筆者 脱北後はどうしたんですか? 全く当てもなく来られたんですか? それとも密輸ビジネスのパートナーの元を訪ねていったりしたんですか? 子供さんも一緒だったのであれば、とても苦労されたはずです。

 女性 脱北前に、中国にたどり着いてからどうしようかということは、正直考えていませんでした。そんな余裕もなかった。中国岸で子供に視線をやりながら途方に暮れていると、少し前にやった密輸で、取引先に10万元騙し取られるという事態に遭遇したことを思い出したんです。

 中国側はお金だけを受け取り、ブツをよこさなかった。それだけじゃない。取引先は北朝鮮側の保衛科の知り合いに私が密輸をしていることを密告していたんです。

 筆者 それはひどい。同じ朝鮮族同士とはいえ、国境ビジネスもある意味騙し合いなんですね。保衛科の人間はその後、あなたを捕まえようとしたりしなかったんですか? 今回の脱北とは関係ありませんよね?