「経験は当てにならず、決断は難しい」。古代ギリシャの医学者・ヒポクラテスの言葉が示すように、経験は判断を誤らせ、ときに致命的な結果をもたらす。一方で、人は経験から多くを学習し、経験を意思決定に生かしている。この齟齬(そご)と矛盾はなぜ生じるのか。本連載では『経験バイアス ときに経験は意思決定の敵となる』(エムレ・ソイヤー、ロビン・M・ホガース著/今西康子訳/白揚社)から、内容の一部を抜粋・再編集。経験の「罠」にはまることなく、経験を適切な意思決定につなげるためのアプローチを解説する。
第2回は、一見、無駄に見える時間が、商品開発や問題解決において思わぬ成功をもたらした事例を3つ紹介する。
ひらめきを取り戻す――自立性を育む時間と空間
カイゼン・イベントやシックス・シグマのような、創造力を引き出す構造的アプローチは、組織のプロセスをつぶさに見直すことによって、製品やサービスの品質向上を図っていくものだ。
こうしたアプローチは、個々の事情に応じた再設計が可能であり、多様な意見を受け入れ、外部のアイデアも借用し、異なるコンセプトを組み合わせることによって、製品やサービスのクオリティや社員の福利厚生を長期的なスパンで向上させる。
大規模な組織でも、新製品やサービスを開発する際には、アジャイル開発やリーン・スタートアップのような革新的マネジメント手法を採用している。これは、最初から完成版を製作し、それを厳密に管理していくのではなく、まずは試作品を製作し、それをユーザーの評価を踏まえて修正する、というサイクルを繰り返しながら経験を重ねていく方法だ。
こうした手法はいずれも、経験によって創造性が抑え込まれる可能性を下げてくれる。しかし残念ながら、いまだ常識の枠を外れた手法でしかない。大多数の企業、学校、その他の組織は、個々のメンバーが十分な個人時間・空間をもてるような設計にはなっていない。
ほとんどの経営者や管理者には、新たなアイデアを練ったり、他者のアイデアを検討したりする余裕があまりない。むしろ、既存のシステムは、ひっきりなしに「最適な」業務遂行方法を定めて、それを厳密に管理しようとしてくる。