「鉄は国家なり」という言葉があるように、鉄の生産量は国力のバロメーターの一つとされている。終戦直後、56万トンまで落ち込んだ日本の粗鋼生産量は、戦後の高度経済成長に乗り、1956年には1000万トンを突破。1980年には米国を追い抜いて世界一となった。しかし、1990年代に入ってからは中国や韓国の鉄鋼会社が台頭し、1996年には粗鋼生産量で、中国に世界一の座を譲ることになった。
バブル崩壊、デフレ、人口減少による内需低迷など、「失われた30年」において、日本国内の製鉄業界では再編が加速し、さらには国境を超えた再編の動きも出てきている。国際競争が激化する中、日本の鉄鋼業界は生き残れるのか。同業界の現在と未来について、鉄鋼新聞社 代表取締役社長兼編集局長の一柳朋紀氏に聞いた。
日本製鉄とUSスチールの統合効果をどう見る?
――日刊鉄鋼新聞は、1947年に創刊され、戦後の日本の鉄鋼業界を見続けてきました。主にどのような方々に読まれているのでしょうか。
一柳朋紀氏(以下・敬称略) 鉄鋼業界は素材産業の代表格で、鉄鋼は「産業のコメ」などと言われます。鉄鋼は自動車、造船、電機、機械、建設など、ありとあらゆる業界で用いられるため、日刊鉄鋼新聞は読者層が非常に幅広いのが特徴です。
例えば、自動車業界や造船業界の購買部門の方々が、鉄の値動きを確認し、それによって原材料となる鉄をどう調達するかを考えるために読んでくださっています。また、日本の鉄鋼業界に対する海外の関心は今なお高く、英字版の鉄鋼新聞も発行しています。全体の5%が海外の読者です。
――読者の関心が最も高い情報は何ですか。
一柳 鉄の値段です。今、鉄鉱石や石炭といった鉄鋼の原材料価格が上がっています。また、労務費や物流費といった諸コストも上昇中です。それらのコストを鉄の値段にどう転嫁するかにも注目が集まっています。
――長らく鉄鋼業界について報道してきた立場から見て、業界のターニングポイントはどんな出来事でしたか。
一柳 やはり業界の再編ですね。日本の高炉メーカーはかつて、新日本製鉄、日本鋼管(NKK)、川崎製鉄、住友金属工業、神戸製鋼所、日新製鋼の6社が競い合っていましたが、2002年にNKKと川崎製鉄が合併してJFEグループになり、2012年には新日本製鉄と住友金属工業が合併して新日鉄住金が誕生しました。新日鉄住金は2019年に日本製鉄と社名変更し、翌2020年には日新製鋼を吸収合併して現在、日本製鉄、JFEホールディングス、神戸製鋼所の3社になっています。
業界再編は国内需要の減少が原因で、鉄鋼業界にとっては苦しい時期もありましたが、ここに来て再編の効果が表れてきています。古くなった余剰設備を廃棄し、より競争力の高い設備で鋼材を生産するなど生産設備の集約化が進み、稼働率が向上することでコスト競争力が高まってきました。
――日本製鉄がUSスチールに買収提案をするなど、国境を超えた再編も進みそうです。
一柳 買収が成立すれば、両社にとってハッピーな話になると思います。4月12日のUSスチールの株主総会において圧倒的多数で承認され、今は当局の審査が進んでいますが、今後の焦点となるのが反トラスト法(独占禁止法)とCFIUS(対米外国投資委員会)の2つです。
あとは、買収の条件ではないのですが、労働組合との合意が大きなポイントです。現時点ではUSスチール側の労働組合が反対しています。日本製鉄は、組合員の解雇や工場閉鎖は行わないと言っていますので、最終的には労働組合側と合意できるのではないかと見ています。
――買収が成立した場合、どのような統合効果が期待できるのでしょうか。
一柳 日本製鉄は、グローバルの粗鋼生産量で1億トン、連結事業利益1兆円を標榜しています。北米は先進国の中では珍しく人口が増えている成長市場ですから、自動車向けなどに用いる高級鋼のマーケット拡大が期待できます。USスチールにとっても、日本製鉄の持つ世界最先端のハイテン(高張力)鋼板や電磁鋼板の製造技術を注入されることで、品質向上や商品力拡充が期待できます。今回の買収が成立すれば、お互いにとってないものを補い合えるチャンスになるはずです。