企業のDXを担う「デジタル人材」の育成は、各社が「競争」するのではなく、むしろ企業間で連携し、全体で底上げを狙う「協調」領域である――。こうした考えに賛同する企業によって作られた「未来のデジタル人材の会」が、12月5日に活動を開始した。会を構成するのは、会長を務める旭化成のほか、双日、横河電機、損害保険ジャパン、ロジスティード、キリンホールディングス、リコー、トヨタ自動車といった各業界のリーディングカンパニー8社だ。運営事務局は「Japan Innovation Review(JBpress)」が務める。
本稿では、旭化成 上席執行役員 兼 デジタル共創本部 DX経営推進センター長の原田典明氏に、会を立ち上げた狙いや活動内容、今後の展開を聞くとともに、記事の末尾には会員各社から寄せられたコメントを掲載する。
デジタル人材における「共通課題」を洗い出し、教育の生産性を上げる
――なぜDXは協調領域だと考え、このような企業連携の組織を立ち上げたのでしょうか。
原田典明氏(以下敬称略) 現在、多くの企業は独自に工夫しながらデジタル人材を育成していると思いますが、それらの知見を企業間で共有することで、教育そのものの生産性や質の向上を実現できると考えました。
各社で構築しているデジタル人材の教育カリキュラムはわかりやすい例になるでしょう。旭化成でも、数年にわたって独自でカリキュラムを作り込んできました。その内容は、AIやIoT、ノーコード/ローコード、さらにはデジタルを使う上で必要なデザイン思考など、多岐にわたります。これらすべてを自社で構築し、体制を整えるまでには相当な労力と時間を要しました。
しかし、上述したAIやIoTといったテーマはどの企業にも必要な教育要素であり、各社の知見を寄せ合って議論すれば、より早く質の高いものが生まれるのは間違いないでしょう。
共有することで効果が出るのは、教育カリキュラムだけではありません。各社にはさまざまなDXの悩みがあり、その中でも多くの企業が抱えている“共通課題”があるはずです。前例がなく、その課題の乗り越え方も各社で試行錯誤していますから、それぞれの成功例・失敗例を共有し、複数の企業で解決策を議論していくことは意味があるでしょう。
先日のキックオフミーティングでも、すでにいくつかの共通課題が浮かび上がりました。会員企業はどこもDXを積極的に推進してきた企業です。しかしながら、やはり同様の壁に当たっているのです。
――どのような共通課題があったのでしょうか。
原田 ひとつは、デジタル人材育成やDXの基盤は各社整ったものの、はたしてそれが企業変革につながっているのか、という課題です。DXのD(デジタル)は道具であり、目的はX(トランスフォーメーション:変革)に他なりません。では、その検証のために何を見れば良いのか、Xの見える化をどう行うか思案している企業は多く見られました。
従業員のデジタル教育についても、各個人のスキルの可視化や評価基準、さらにはそれを処遇にどう反映するかという点で悩む声が聞かれました。会合の序盤こそ静かでしたが、各社が少しずつ現状や課題を語りだすと、一気に活発化しましたね。
他社との共有は優位性を損なうのではなく、むしろDXに必要不可欠
――この会で得られた知見は、社会全体に還元していきたいとのこと。その想いについて聞かせてください。
原田 一社だけでデジタル人材育成に力を入れても、本当の変革は成し得ないという考えがあります。サプライチェーン各社の方々や協力企業のみなさまも含め、会社規模の大小を問わず、事業にかかわるすべての企業が取り組むことで初めて前進できるでしょう。
かといって、デジタル人材育成は一定の投資と人材リソースが必要であり、すべての企業がすぐに取り組むのは難しいのも事実です。であれば、今回の会員企業のようなDXを積極的に推進している企業、かつ投資や人材リソースの素地がある規模の大きな企業が率先してベースを作り、いずれはそれを他の企業に広めていくのが重要です。
せっかく苦労して作った人材育成の仕組みを自社だけに使うのはもったいないですし、これらがサプライチェーン全体に浸透し、社会貢献につなげたいとこの会が立ち上がったのです。
将来的には、私たちの活動が国や教育機関の施策にもつながればうれしいです。国もデジタル人材育成の支援に力を入れていますが、私たち民間企業側から、直面している課題や解決策を提示することで、より現場に落とし込める国の施策が増えるのではないでしょうか。
――今後はどのような活動をしていくのでしょうか。
原田 定期的な会合を開き、先述の共通課題を中心に会員企業でディスカッションしていきます。各社の事例を共有して終わりではなく、他企業に展開するならどのようなソリューションが良いのか具体的に考えていきます。たとえば従業員のスキル評価をするにはどのような観点を盛り込めば良いのか、整理して何かしら将来の示唆になるものをアウトプットするのが理想です。
この会の良さは、成功談だけではない、企業の苦労や悩みを現在進行形で話し合えることです。当事者である企業の方がざっくばらんに意見を交わすからこそ、活路が開けることもあるでしょう。
会員企業の共同企画も視野に入れています。たとえば旭化成でも、依頼を受けて他社の人材育成カリキュラムに当社員が参加するケースがありました。カリキュラムに対して第三者の客観的な評価を得ることが狙いです。同様の企業連携を増やしたいですね。
繰り返しになりますが、DXは一社で頑張るのではなく、同じ思いを持った企業が集まることで進みます。この会によって企業の横連携が生まれ、ゆくゆくは日本社会の変革にまで広がれば理想です。本来、変革とは悲壮感を持って行うものではありません。事業を、社会を楽しくしていくものです。チャレンジを重ね、失敗があってもまた挑み、その中で誰もが生き生きと暮らせる社会への変化を加速させていく。デジタル人材育成がその変化の大きな一歩になるように、この会が貢献していくことができればと思います。
同じ考えのもとに集った参加企業からのコメント
ここからは、旭化成のほかに幹事企業を務める企業のリーダーからのコメントを記載する。
双日
デジタル推進第一部 部長
山崎 庸雄氏(副会長)
素晴らしい会に参加できること、大変光栄です。副会長として会長をサポートしながら、他の会員の皆様と共に、明るく楽しくデジタル人材育成という重要なテーマにチャレンジしていきます。また、私自身、デジタル人材育成に取り組む中で、DX推進における人材の重要性と育成の難しさを改めて痛感しています。参加企業内の活動に留まらず、他の企業の皆様にも貢献できるよう、会として発信力を高めて参ります。
横河電機
デジタル戦略本部 副本部長 兼 IT企画センター センター長
黒﨑 裕之氏(副会長)
生成AIに代表される新しいデジタル技術の積極的な活用が重要なアジェンダとなっている現代において、適時かつ適切にDX人財育成に取り組んだ企業と、そうでない企業の差は今後大きな差になっていくと考えております。計測、制御、情報の技術を生かし、長年に渡って製造業のグローバルな現場で操業の安全、効率化に取り組んできた横河電機として、その知見や経験を踏まえてこの活動に取り組み、会員企業の皆様と共に社会に提案出来るようなものを作り上げたいと考えております。
損害保険ジャパン
DX推進部 執行役員CDO/部長
村上 明子氏
弊社は保険会社としてデータを駆使した商品開発を行う一方、現場ではデジタル活用に課題を感じる部分もあります。われわれDX推進部はこれらの課題の解消を目指しており、DX施策の推進とDX人材の育成という2つの使命を担っています。DX人材の育成においては、スキルの向上だけでなくマインドの醸成も不可欠と認識しています。「未来のデジタル人材の会」では、皆さまの工夫やご尽力に学ばせていただき、会社、ひいては社会をより良い場所にするための取り組みにつなげていきたいと考えております。
ロジスティード
専務執行役員/営業統括本部長
佐藤 清輝氏
弊社は、トラックの安全運行や物流の効率化など、ロジスティクスの課題解決を図るべくDXに注力しており、そのためDX人財の育成を強化しています。D人財(デジタル人財)としては、ロジスティクスの課題を解決するDXソリューションの創造や、自社内部のデジタル化をけん引する人財の育成に努めています。また、X人財(トランスフォーメーション人財)としては、事業や業務の変革を担うリーダーの育成に注力しています。「未来のデジタル人材の会」においては、参加されている各業界の皆様と交流し、デジタル人材育成とビジネス変革のための意見交換、さらには各社の人材育成の取り組みや課題の共有の場となることを期待しています。
キリンホールディングス
デジタルICT戦略部DX戦略推進室 室長
皆巳 祐一氏
現代のビジネスにおいてデジタルは不可欠な要素となっておりますが、単にテクノロジーを導入するだけではなく、柔軟性や創造性を持ち、変化に対応しながらデジタルを活用した新しいアイデアやアプローチを構想し実行できる人財が企業のDXには必要です。このDX領域は常に進化しているため、本会にご参画の企業様の育成方針や具体的な取り組みを学ぶことで、世の中の変化に対応した人財育成に取り組んでいきたいと考えております。
リコー
デジタル戦略部デジタル戦略・人材統括センター 所長
中原 逸広氏
リコーは企業理念のミッション・ビジョンとして「“はたらく”に歓びを」を掲げ、その実現に向け、「OAメーカーからデジタルサービスの会社へ」の変革を推進しております。2021年からは社内カンパニー制への移行とともに、社内IT、AI研究開発、データプラットフォーム、そしてデジタル人材育成を統合しデジタル戦略部を立ち上げました。デジタル人材育成では、全社員向けの底上げ教育と専門スキルを持つエキスパート人材の強化育成を図る”リコーデジタルアカデミー”を2022年4月に開校しました。21次中経におけるESG目標としてビジネスプロデューサーやデータサイエンティストなどの専門人材を、現在まで2,100名育成しています。この度の未来のデジタル人材の会発足にあたり、先進的取組みを進める参加各社の取組みから学び、各社共通の課題への対応を図ることでさらなる成長を目指したいと考えています。
トヨタ自動車
情報システム本部 本部長
日比 稔之氏
これからは、製造業である我々にとっても、デジタルは当たり前の世界となり、デジタルを手段とした新しい価値を創っていくことが必須だと思っております。そう言った意味でも、デジタル人材は、これから中心となる人材だと思っております。本会のテーマである「デジタル人材」の育成は、急務であり、是非、皆様と情報共有させていただきながら、学びを深めていきたいと思います。