今、世界中の企業が取り組むDX。日本でも、新旧を問わず、多くの企業がDXと向き合うが、技術の導入や業務改善どまりのことも少なくない。産業、業種の垣根を超え、DXでビジネスモデルや組織全体を変革するカギはどこにあるのか。当連載は、国内外のDXの先進事例が多数収録された『世界のDXはどこまで進んでいるか』(雨宮 寛二著/新潮社)より、一部を抜粋・再編集。2030年代を見据えた「DX変革」の最前線をお届けする。

 第4回目は、アメリカの小売大手ウォルマートの、デジタル技術とリアル店舗を融合させたDX戦略について解説する。

<連載ラインアップ>
第1回 GAFAM、ウーバー、ネットフリックス、ユニクロが実現するデジタル変革とは?
第2回 EVの完全受注生産を実現したテスラを貫く「DXの神髄」とは?
第3回 AIと最先端テクノロジーでタクシー市場を変革したウーバーの革新性
■第4回 IoTとAIをフル活用、店舗を急速アップデートするウォルマートのデジタル変革(本稿)


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4.ウォルマート:「インテリジェント・リテール」の確立

 ウォルマートは、自社のミッションとして「お客さまに低価格で価値あるお買い物の機会を提供し、よりよい生活の実現に寄与します」を掲げ、創業以来変わることなく今日に至るまで受け継がれています。

 このミッションは、従来のウォルマートで言えば、創業時に掲げた2大スローガンである「豊富な品揃え」や「EDLP(EveryDay Low Price:毎日低価格)」に結実するもので、低価格で豊富な商品を提供し続けてさえいれば、顧客に評価され世界最大の小売企業へと昇り詰めることは可能でした。

 しかし今日では、豊富な品揃えのもと低価格で商品を提供するのは小売業界では当たり前のことであり、それだけでは顧客ロイヤリティを恒常的に維持することは不可能になりつつあります。そのため、ウォルマートは、デジタル化によりカスタマーエクスペリエンスを変革することで自社のミッションを再定義し、米国のみならず世界の流通業界を根本的に変える試みを行ったのです。

 その結果、リアルの店舗販売を主軸としながらも、製配販、すなわち、メーカーである「製」、中間流通・卸しである「配」、小売である「販」の3つを垂直統合して、DX化による全体最適をものの見事に成し遂げることでスケールアウトするに至りました。この成功は、3回にわたるデジタル変革、すなわち、「70年代のデジタル化」「電子商取引(EC)サイトの開設」「インテリジェント・リテールの構築」によりもたらされました。

 ウォルマートは創業が雑貨店で始まったことから、リアルの店舗に留まるオールドエコノミーの代表格であると連想されがちですが、実際には、小売業界のみならず全ての企業の中でもテクノロジーの導入を先駆的に進めてきた企業であります。

 ウォルマートによるデジタル変革は、「POSシステム」の導入から始まることになります。全米食品チェーン協会によるバーコード規格策定開始以降、バーコードの開発が進み、1973年にUPC(Universal Product Code)がバーコードとして初めて登場したことから、ウォルマートはその導入に踏み切ります。

 22店舗による試験的な導入を経て、レジ稼働率が向上したことを見極めたうえで、1988年にはほぼ全店舗のPOS化に至ります。当時、業務用コンピューター1台の価格は高級車1台に相当したことから、費用対効果における厳格な審査のもとに社内では侃々諤々の議論が展開された後、創業者で当時CEOであった倹約家のサム・ウォルトン氏が、最終的にPOS導入の経営判断を下しました。

 その後、このPOSシステムを積極的にマーケティングに活用していきます。商品ごとの売上データを解析して販売傾向を予測したり、カートに一緒に入れられる商品の確率を予測したりするバスケット分析など、今では当たり前のように行われていることを競合に先駆けて、いち早く展開したのです。

 他方で、店舗で収集されたデータを本部に送るために専用回線を設置して、「データ交換システム(EDI:Electronic Data Interchange)」を構築するに至ります。この構築により、店舗の売上データに加え、受発注データも本部での解析が可能になったことから、一括発注のみならず店舗間の在庫融通などによる最適化が図られるようになりました。

 また、1987年には7億ドルを投じて通信衛星を自前で打ち上げ、自社の専用回線が届かないローカル店舗との通信を可能にするネットワーク網を構築するに至ります。当時は、インターネットが商用化前であったことから衛星通信を使わざるを得なかったわけですが、これにより、ウォルマートは約1日で全店舗の販売データを本部に集約して解析できるネットワークシステムを作り上げました。

 こうした仕組みは、時系列に整理された大量の業務データを管理するシステムという意味で、データウェアハウスとして位置付けられますが、ウォルマートはこのデータウェアハウスを1990年までに完成させ、これをその直後に商用化が開始されたインターネットに接続することで、サプライヤーにデータを無料で開示するに至ります。この情報システムを、「リテールリンク(retail link)」の名称で、1991年にプライベートe-マーケットプレイスとして稼働させ、1998年にはブラウザベースでの利用を開始します。

 ウォルマートがP&Gと締結した「製販同盟」(1987年)は、このリテールリンクの先駆けと位置付けることができます。P&Gのようなウォルマートへの販売依存度が高いサプライヤーにとって、ウォルマートが保有する販売データは極めて価値が高いと言えます。なぜなら、販売データから売上を予測し過剰生産や欠品などを防ぐことができるからです。

 製販同盟の締結により、P&Gはこうした余剰在庫や機会損失に伴う膨大なコストだけでなくマーケティングリサーチにかかるコストの削減が可能となる一方で、ウォルマートに対しては精緻な生産計画に基づく確実かつ迅速な供給を保証するとともに、仕入価格の割引還元を実現することが可能となりました。

 このように、小売であるバイヤーとメーカーなどのサプライヤーの双方がウィンウィンの関係を構築できる仕組みを、ウォルマートがリテールリンクとして競合に先駆け90年代に完成するに至ったことは、極めて画期的なイノベーションであると言えます。

 従来、バイヤーとサプライヤーとは、手の内を見せずに相手の腹を探りながら取引を進めるという交渉型の取引形態を採らざるを得ませんでしたが、リテールリンクは、それをデータ解析結果に基づく協同型の取引形態へと転換させ、製配販を垂直統合した協同管理システムとして生産性や効率性を高めることで新たな顧客価値を生み出すことに成功したのです。

 こうしたリテールリンクに至るまでの一連のデジタル化の取り組みにより、ウォルマートは、テクノロジー企業への転換を果たすことになりますが、この転換は、米国の流通業界全体に大きな影響を及ぼすことになりました。

 リテールリンクはその後しばらくの間、競合他社の追随を許すことはありませんでしたが、コストコやクローガーなど競合が追随してくると、リテールリンクの提供対象を販売データのみならず、サプライヤーが必要とするサプライチェーンに関するさまざまなデータを追加しながら、リテールリンクを進化させていくことで優位性を維持していったのです。