日本の製造業の地盤沈下がいわれるようになって久しい。ものづくり分野でもデジタル化が急進し、グローバル競争が激化するなか、日本の製造業が再び世界をリードするための道はどこに残されているのか。
 当連載は、AIの研究者であり、製造業の現場を知りつくした著者による話題書『プラスサムゲーム』(鹿子木宏明著/ディスカヴァー・トゥエンティワン)から一部を抜粋・再編集。AI、経営、現場の融合でゼロサムゲームを脱し、日本の強みを生かして世界で勝つための方法を徹底解説する。


 第2回目は、人間とAIそれぞれの能力を最大化し、製造現場を変革する「工場・プラントシンギュラリティ」について取り上げる。

<連載ラインアップ>
経営×AI×現場が融合、日本の製造業を変える「プラスサムゲーム」とは?
■AIと人間の力を活かし切る「工場・プラントシンギュラリティ」の威力(本稿)


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人にやさしく誇りを持って働ける製造業現場を目指して

プラスサムゲーム』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
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 製造現場のことは現場に任せているという経営者の方も多いと思われます。製造効率の向上等の工場・プラントに特化した最適化については、現場に任せることはまったく問題ありません。ここで経営が把握する必要のある現場の状況は、その疲弊度です。

 日本の製造業はこれまで、現場内の最適化で国際競争力をつけてきました。品質の最適化や工数・コストの最適化です。ただし本書で何度も指摘した通り、現在の製造業を取り巻く状況はとても不安定です。材料の調達から部品や製造方法の度重なる変更、それに対応しつつコストを維持することは、現場を追い込み疲弊させます。また日本の製造業の場合は過去の成長期に導入された製造装置の老朽化が進み、それを補うマンパワーの投入も疲弊を増長させます。これらの課題を身をもって解決してきた世代が徐々に卒業を迎えているという人材の問題も見逃せません。

 経営にとって、現場の疲弊感を測定するのは難しいことです。財務諸表に表れにくいため表面化しないケースも多く、この点を考慮せずに経営目標からくるコストダウンを目指すと、現場のモチベーションや成果が上がりにくい状況が発生します。一方で、人的リソースの追加やコスト目標の緩和は経営判断から許されないケースも多く、難しい問題です。

 ただしこれらは、おそらく日本の製造業に限っては解決できる問題だと考えます。具体的には、経営陣の持つ現場への考え方を、従来の「キャッシュカウとしてコストを下げてくれ」から「人にやさしく誇りを持って働ける、を実現しよう」とすることです。

 このメッセージには、現場の効率化のような無機的な要素はありません。また、粘り強く仕事に向き合う日本人の気質には極めて有効です。現場のモチベーションも上がるでしょう。もちろん、人的リソースを追加せずにどうやって「人にやさしく誇りを持って働ける」現場を実現させるかというところが肝要になりますが、その答えが今まで見つからなかったのではないでしょうか。その解答に、今最も有効なのは、「AIやデジタル技術に現場を疲弊させる作業を押しつける」です。

 人の関わりという点で現場のタスクは大きく次の2つに分かれてきます(文献F)

 ① アルゴリズムタスク
 ② ヒューリスティックタスク

(文献F)「Drive: The Surprising Truth About What Motivates」Daniel H. Pink著 Canongate Books(邦訳 「モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか」 講談社)