きづきアーキテクト代表取締役の長島聡氏(撮影:今祥雄)

 DXの波は、大企業のみならず日本の全企業数の99.7%を占める中小企業にも押し寄せている。特に厳しい経営環境に置かれている中小企業にとって、デジタルを活用した体質改善は生き残りのために不可欠と言っても過言ではない。そうした中で「実は中小企業には驚くほど輝く技術を持つ企業がたくさんあるのです」と語るのは、きづきアーキテクト代表取締役の長島聡氏だ。ローランド・ベルガーのグローバル共同代表を経て、日本企業が新たな事業を生み出すための“気づきを築く”をコンセプトに同社を立ち上げた長島氏は、工場を持つ中小企業のDX・IoT活用を後押しする活動にも力を入れる。中小企業の輝く技術をデジタルの力でもっと光らせるにはどうすれば良いか。「そのためにはファクトリー・サイエンティストが必要です」と長島氏。長島氏が育成に尽力する「ファクトリー・サイエンティスト」とは一体どのような人材なのか?
※:中小機構調べ https://www.smrj.go.jp/recruit/environment.html

中小企業の工場をデジタルで活性化するファクトリー・サイエンティスト

――中小企業の工場に必要な人材が「ファクトリー・サイエンティスト」とのこと。何をする人材で、どう企業を変革するのでしょう。

長島 聡/きづきアーキテクト 代表取締役

早稲田大学で工学博士を取得、その後欧州最大のコンサルティング会社ローランド・ベルガーへ転職し同社の日本代表、グローバル共同代表を歴任するなど25年活躍。退職後きづきアーキテクトを創業し、ものづくりと文化の2つの柱で賑わいの創出に挑戦中。由紀ホールディングス、リンカーズ、ソミックトランスフォーメーション、オーツー・パートナーズ等の社外取締役、慶應大学SDM特任教授などを兼務。
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好きな言葉:「買い合う分化」「創造生産性」(効率化ではなく創造をどんどん作れる力を大事にしたいと考えています)
注目の企業:ソミック石川(浜松で、買い合う文化に近い「ソミック・ソサイティ構想」を目指している会社です)
お薦めの書籍:『具体と抽象』(細谷功著)

長島聡氏(以下敬称略) 最初に伝えたいのは、日本の中小企業の工場の中には、加工、溶接、磨き、組立といった分野をはじめ、絶対に無くしてはいけない技術を持つところが多いということです。しかしそうした熟練の技術を要する工場で働く人がデジタルに詳しいかというと、そうではない場合が多い。そこを何とかして生産性を上げられれば、工場の経営は安定するし、さらに技術を磨くこともできるわけです。

 何とかする具体策については、利便性を高めるデジタルの仕組みが有効です。今のデジタル技術を使えば、従来は難しいと言われた工場でのIoT(Internet of Things:物が自主的にインターネットにつながる仕組み)活用はもはや特別なことではありません。

 工場にIoTを導入すれば装置の稼働状態をデータとして確実に把握でき、トラブルを事前に検知できるなどメリットは多い。そこで重要になるのが、IoTやデジタルで現場の課題を「見える化」できるようにする企画を立て、経営者にプレゼンし、了解を得たら素早く実装し導入する人材です。私が理事として参加するファクトリーサイエンティスト協会(以降、FS協会)では、こうした人材を「ファクトリー・サイエンティスト」と呼び、育成に取り組んでいます。

――ファクトリー・サイエンティストの育成はどのように行っているのでしょう。

長島 FS協会では、プログラミングの知識がない方でも一連のIoT体験ができる5週間のカリキュラムを用意しています。1週目は、自社の現場の課題を見つけ、解決に必要なセンサを選び、どんなデータを取るかを考える。それを実際にマイコン等に取り付けてクラウドにデータをアップする準備までをします。

 2、3、4週目はセンサからのデータをクラウドに貯め、データを見る人に意味が通じるようグラフ化などを行います。最終週では、データの収集・分析・見える化を通じて、課題の改善をどう進めるべきか、改善後の次の一手は何かを皆の前でプレゼンします。プレゼンの目的は社長からゴーサインをもらうことです。カリキュラムの中では、私たちが社長役に扮してプレゼンの判断を行います。

 ファクトリー・サイエンティストの数は、2023年9月時点で約785人となっています。野望としては、2030年までに全国で4万人のファクトリー・サイエンティストを育成したい。その人たちがハブとなってIoTの取り組みをどんどん広めていくような社会をつくりたいと思っています。

 参加された方々からは「全くの初心者だったがIoTの全体像が見えた」「こんなに集中して何かを作ったのは久しぶり」といった声をいただきました。またいろいろな企業が集まるので、他の人の使い方を見て刺激を受けたという声もあり、普段出会わない人との交流もカリキュラムの面白い部分だと思います。

 貿易専門商社である東邦インターナショナルは、同社の代表を含め7名がカリキュラムを受講しました。社内全体でIoTへの理解度を深めることにつながり、業界特化型のIoTプラットフォームサービスの開発に着手。その後、データを可視化するだけでは業界全体には浸透しない、という考えに至り、IoTに関する情報収集から可視化されたデータを生かす活動までの一連のプロセスをワンストップで行うプラットフォーム「KETTEi」をローンチすることとなりました(下図参照)。