三菱UFJフィナンシャルグループ(MUFG)でCFOとして数多くの海外M&Aを指揮し、現在はニコンのCFOとして業績回復をリードする徳成旨亮氏。海外の投資家からも高く評価され、日本を代表するCFOの1人である。日本企業の成長性の低さに厳しい視線が注がれるなか、CFOが果たすべき役割を聞いた。
日本企業のCFOが悩む組織の構造的問題
――徳成さんは「日本企業のCFOは『金庫番』的な役割から抜け出せていない」と主張されています。それはなぜでしょうか。
徳成旨亮氏(以下・敬称略) いわゆるCxOたちによる経営体制を米国では「Cスイート(C-Suite)」と言うことが一般的です。スイートとは「ひとつながり」を意味しており、基本的にはCEO、CFO、COOの3人が連携して、意志決定を速くしていこうという考え方が底流にあります。この3人のうちCFOの役割は、財務はもちろんリスクや人事など、基本的に内部管理に関すること全てになります。また、経営戦略も、CEOかCFOが考えることになります。
一方、日本の会社では、多くの場合「経営企画部」という戦略を立案する組織が存在し、その担当役員としてCSO(チーフストラテジックオフィサー)がいたりします。この役職は、欧米の企業ではほぼ見たことがありません。欧米ではCEO、またはCFOの直下に戦略立案の組織があります。
日本企業は社長以下、経営企画、財務、営業担当など、各担当役員が文鎮型に横に並んでいる組織であるのに対し、欧米の経営体制の原型は、CEO、CFO、COOの三角形であることが大きな違いです。戦略を担当しない経理担当役員のことをCFOと呼んでしまうことが、混乱の原因です。
――つまり、徳成さんが言う「本当のCFO」というのは、日本にはあまりいないということでしょうか。
徳成 限定的だと言えます。その証拠に、経営企画部門がある会社では、CFOからCEOに昇格するケースは多くありません。私が知る限り、過去10年ほどのなかで、日本の大企業のCFOからCEOに昇格したケースは、ソニーグループの吉田社長など、わずかしかないと思います。
文鎮型組織の中で財務を担当しているだけなのに、海外に向けては全ての戦略をリードするCFOと名乗らなければいけないギャップに、日本企業の財務担当役員は悩んでいるというのが実態です。
この課題に対応するためには、工夫が必要です。私がかつて勤めていた三菱UFJフィナンシャルグループ(MUFG)では、財務担当役員に加えて、経営企画担当役員も海外を含む投資家への説明(IR)を担当していました。2人で本来のCFO1人の役割を果たすというやり方で、投資家への説明を乗り切っていました。一方現在のニコンでは、私が複数の役職を兼任して、欧米流CFOのスペックを満たしています。私の名刺の表面(日本語)は財務経理担当、サステナビリティ、IT戦略など複数の肩書きを併記していますが、英語の裏面はCFOの一言だけです。
なぜ日本企業は蓄財体質なのか
――CFOが金庫番としての役割を求められてきた背景には、内部留保を厚くすることを善としてきた部分が大きいと思います。なぜ日本企業は、投資よりも蓄財を優先してしまうのでしょうか。
徳成 日本では、終身雇用制度と相まって、企業にとって最も重要なのは、ゴーイングコンサーン、つまり企業として継続することである、と長年考えられてきました。かつての幕藩体制における「藩」に存在した金庫番のように、組織が潰れないこと、存続することを最優先し、資本をなるべく多く貯め込むことが良いとされてきました。
その体質が今、投資家から批判を受けています。古い産業にしがみついてコストダウンをするだけでは、企業や産業の新陳代謝が進まず、社内は疲弊します。潰れるべき企業はできるだけ早く潰して、そのリソースを新しい産業に再配分すべきだ、というのが米国的考え方です。その差が国全体の成長の違いになり、日本の経済力は相対的に大きく落ち込んでしまいました。
ただ私は、日本企業が内部留保に力を入れてきたことを、一方的に悪いことだは思っていません。日本社会がこれだけ安全でいられるのは、企業が潰れないからです。先進国で企業倒産率が最も低いのが日本です。企業の倒産が多いと社員は路頭に迷うわけで、社会の不安定さが増します。そうならない仕組みとして、日本の財務に対する考え方は間違っていなかったと思っています。
ただし、お金を貯め込む一方でいいはずもありません。潰れないことがわかったら、残ったお金を成長のためにどう使うか、考えなければいけないと思います。少なくともCFO、あるいは財務担当役員は、経営者に対して、「お金を余らせると、投資家から『返せ』と言われますよ」という問題提起をする責任があると考えています。