世界有数の貿易大国、日本。衣食住に関わる原材料や製品をはじめ、数多くの資源を輸入に頼っている。それを支えているのが、船舶による海上輸送である。不確定要素が多い海上では、データの収集・分析が安全運航につながる。実は海運業界こそDXが欠かせない業界といえよう。本稿では、日本郵船の技術本部執行役員 鈴木英樹氏が、同社が海運会社としての使命を果たすために行っているDXの取り組みや挑戦について語る。

※本コンテンツは、2022年12月7日に開催されたJBpress/JDIR主催「第2回 物流イノベーションフォーラム~危機を変⾰の好機に変える物流DXで実現する⽣産性の向上とサステナビリティ経営~」の特別講演3「私たちの使命、それは物流を止めないこと~DX推進とイノベーション戦略で挑戦する国際物流~」の内容を採録したものです。

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海上輸送で人々の生活を支え、環境対策にも積極的に取り組む

 海運会社というと、デジタルとは関わりが薄いように感じる人もいるのではないだろうか。しかし、海運業界のリーディングカンパニーである日本郵船は、「日経コンピュータ」主催の「IT Japan Award 2019」において、航行中のトラブルを未然に防ぐ船舶IoTの活用事例が評価されてグランプリを受賞。さらに「DX銘柄2021」にも選ばれるなど、デジタルをビジネスに有効活用している企業である。

 そうした日本郵船の使命は「物流を止めないこと」だと、技術本部執行役員の鈴木英樹氏は語る。

「約2年前に、新型コロナウイルスの感染拡大により物流が一時的に止まったことで、改めてこの使命の重要性を再認識しました。世界の貿易量における海上輸送の割合は90%、原材料の大半を海外から輸入している日本に至っては、99.6%にも上るというデータがあります。つまり、日本をはじめ世界の人々の生活は、船による輸送が支えていると言っても過言ではありません」

 ここからも、日本郵船という企業が、われわれの生活において欠かせない役割を担っていることが分かるだろう。

 一方で、「ESG経営」や「SDGs」が叫ばれる昨今、輸送の過程で使われるエネルギーが地球環境に大きな負荷を与えているのも事実だ。地球全体の産業由来CO2排出量のうち、0.03%が同社の船舶により発生しているという。もちろんこれを座視しているわけではなく、2018年に発表された5カ年計画「Staying Ahead 2022」では、「安全運航」に次いで2番目に「GHG(温室効果ガス)排出量削減」が重点テーマとして挙げられている。

 その中でも特にインパクトが大きいと考えられているのが、「船舶のゼロエミッション化」だ。現在は石油系燃料を使用した船舶による輸送が中心だが、LNG(液化天然ガス)燃料船やアンモニア燃料船といったGHGの排出が極めて少ない船舶に、今後は順次切り替えていくという。同社は2050年までにおよそ2.1兆円を投じるなど、積極的な戦略的投資で「ネットゼロ」を目指し、持続可能な社会の発展に貢献する意向だ。

 加えて、船舶用燃料の脱炭素化に向けた国際的評価プロジェクトへの参画も強化している。鈴木氏は、次のように述べる。

「欧州の船舶会社や各業界のリーディングカンパニーとのネットワークを構築し、常に最前線の情報をキャッチアップしています。脱炭素に関わるプロジェクトも他社と協働しながら推進している最中です。このように、自社の知見だけでは対応し切れないところは、グローバルな視点で他社の協力を仰ぎ、脱炭素化に貢献していきたいと考えています」

デジタルを有効活用し、海運の「効率」と「安全」を両立

 海上輸送は、地上よりもはるかに不確定要素が多い環境にある。気象や波、船の状態の変化など挙げればきりがないが、こうした状況下でも、確実に輸送品を届けるために安全かつ安定的な運航を行うことが求められる。

 そのために日本郵船が注力しているのが、ビッグデータの収集・分析だ。船上では衛星による通信が中心のため、地上と比べると通信環境の面でも困難が多い。そうした中でも、これまでの知見やノウハウをデータとして引き継げるようにしておくことが大切だと鈴木氏は話す。より多くのデータを収集・蓄積しておくことで、省エネ運航や安全スケジュール管理、造船の効率化など、さまざまな場面で役に立っている。

 その代表例が、同社独自の「本船・管理会社リスク評価システムSHiNRAI」を活用したリスク管理である。このシステムでは、燃費・スピード・エンジン・気象海象・風力・動揺といった運航データを格納した4つのデータベースからKPIを収集・分析し、本船・管理会社に対して総合的なリスク評価を行う。運航船のリスクを見える化することで、安全運航の信頼度を高めるのが狙いだ。

 また、輸送中の貨物の状態を把握できるよう「貨物輸送振動試験」も行っている。ここでは、輸送中に貨物が遭遇する振動や動揺を再現し、そのデータを最適な積付方法の検討やダメージ原因の解明などに役立てているという。

 さらに先進的な試みとしては、異常検知機能を持ったAIがエンジンプラントを監視し、その検知結果を乗船経験や専門知識の豊富な社員が精査することで、より確度の高い船内情報の取得を可能にしている。鈴木氏は次のように補足する。

「このように、当社では安全と効率を追求するために、さまざまな最新技術を活用しています。この他には、船員向けの『MarCoPay』という電子決済サービスもあります。船員は6〜9カ月もの間、船上で生活することがありますが、船には当然ATMなどがないため、現金で給料を受け取ったときに家族に送金ができないといった事態が生じます。MarCoPayはこうした問題を解消し、船員が船の上でも幅広いファイナンシャルサービスを受けられるようにと開発された、船員向け金融プラットフォームなのです」