「“問題の裏返し”ではない戦略を練るべきだ」。デジタル化が進むなか、企業がDXやイノベーションを実現するためにはどうすれば良いか、という問いに、元マッキンゼー・アンド・カンパニー東京支社長の横山禎徳氏はこう答える。同氏が30年以上にわたり言い続けているのは「社会は社会システムの集合体であり、個々のシステムはデザインできる」ということ。そしてデザインのアプローチも開発してきた。社会システム・デザインとはどんなものなのか。(インタビュー・構成/指田昌夫、文/前川 聡)

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社会は社会システムの集合として見るもの。産業論で語る時代は終わっている

横山 禎徳/社会システムズ・アーキテクト1966年東京大学工学部建築学科卒。ハーバード大学デザイン大学院都市デザイン修士、マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院修士。前川建築設計事務所、デイヴィス,ブロディ・アンド・アソシエイツにおいて建築デザインに従事。1975年にマッキンゼー・アンド・カンパニー入社。同社シニアパートナー、東京支社長に就任。現在は、社会システムズ・アーキテクトとして「社会システム・デザイン」の方法論の開発、普及に注力している。東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム(EMP)企画・推進責任者としてビジネスでも教養でもない思考訓練プログラムを立ち上げた。

 はじめに、横山氏の言う社会システムとはどんなものなのかを明確にする。一般に、社会デザインや社会変革など一見して似た言葉があるが、それらとは異なるものとして理解する必要がある。

 シンプルなのは通信システムだ。世界中で使われているインターネットは、クローズドネットワークをTCP/IPというプロトコルでつないだものである。一部の人や特定の国が異なるシステムを使っているわけではない。インターネット全体で一つのオープンな社会システムということになる。

 複雑な社会システムの例として、原子力発電所のシステムがあると横山氏は言う。東京電力福島原子力発電所事故調査委員会の委員を務めていた横山氏は、原子力発電所の中に、原子力に関する高度な技術を組み合わせたエンジニアリングシステムが存在することを理解しつつも、「原発をエンジニアリングシステム一辺倒で考えたことが、大きな失敗につながったのだと思う」と言う。

  ハード面では風水害等に耐えて放射能防護ができる建物や設備の配置まで含めて施設全体の設計を考慮する必要があるし、ソフト面では通常時、緊急時に関係なく放射能から人体を確実に守るだけでなく、安全性に関わる国民感情や戦争・テロに対する安全保障などまで検討しなければならない。原発は、シンプルなエンジニアリングシステムではなく、複雑な社会的要素が絡み合ってシステムを構成しているという考え方が必要なのだ。

 横山氏があらゆるものをシステムとして見る考え方を意識し始めたのは、バブル崩壊後の1992年に遡る。当時、不況は景気サイクルの一環に過ぎないという見方が多かった。多くの人は産業論でものを考え、金融、建設、製造、小売といった単位で、積みあがった在庫を捌けば、景気は回復すると考えていた。

 そんななか、当時マッキンゼー・アンド・カンパニーの東京支社長だった横山氏には「世の中がもっと根本的に変化しているのではないか」という感覚があった。特に強く意識したのはグローバリゼーションと人口動態だ。単なる国際化ではなく、日本のあらゆるものが世界に染み出していき、世界のあらゆるものが日本に染み込んでくる様子を日々感じていた。それと並行して人口の半分が50歳を超えることにも着目した。その年齢以降は健康関連を除くあらゆる消費が落ちるのである。

 横山氏は試行錯誤の末に、「ビジネスを産業論で解釈できる時代は終わったのではないか」と思うようになり、伝統的に縦割りになっている産業に横串を通すという考え方で、社会システムという概念を使い始めた。

社会システムはダイナミックに変化し続けるものと理解する

 社会システムへの理解を深める材料として、横山氏は、医療システムを再構築する取り組みを挙げる。

 もし医療について、システムではなく産業で考えていたら、視野は病院内に留まるだろう。少し広げてもせいぜい製薬業界あたりまでかもしれない。システムとして考えると、その複雑さが見えてくる。現代においては、病院経営においても建物をどこにどんなコンセプトで設計し作るかも重要であり、担保価値や資金繰りのため金融や不動産の知識が必要なのは明らかだ。さらに言えば、かつて富士フィルムや東芝、日立がエックス線装置やCT、MRIを作っていたが、異業種だったソニーやキヤノンだけでなく、これまであまり関係のなかった情報分野の企業などが参入して来たりしている。

 そう考えると、医師や看護師などの人材への投資のような伝統的・労働集約的な側面だけでなく、CT、MRIやその他の新しい医療機器や情報システムへの設備投資を同じ土俵に乗せて検討する必要がある、医療機器への投資を同じ土俵に乗せて検討する必要がある、すなわち、医療はシステム的事業という考えに行き着く。産業の発想では、この事実にあまり目が向かない。視野を広げてくれるのが、社会をシステムとして見るという発想だ。

 「医療システムの例からは、社会システムがダイナミックシステムであることもわかる」と横山氏は加える。例えば建築は、今日も明日も基本的に変化しないという意味でスタティックだ。だが社会は変化する。人間は習熟するし、競争によって方向転換するといったことがあるためだ。

 日本の医療システムは世界的に見れば優れている部分が多いが、社会の変化には追いつけていない。そもそも現在のような医療システムが構築される発端となったのは、国民皆保険がはじまった1962年のこと。当時、最も恐れられていた病気は肺結核で、肺結核に効くストレプトマイシンが普及し始めたころだった。日本の医療システムはこの時代に最適化して作られたことになる。

 一方で、そのわずか10年後には、九州大学医学部に心療内科ができた。つまり、心の病が病気として認知されたということになる。さらにそれから十数年後には、糖尿病が万病のもととして重大な病気と認識されるようになった。以降は成人病、生活習慣病と名前を変えて今も大きな問題となっている。

 歴史的に、人類を苦しめてきたのは細菌やウイルスの伝染による急性疾患が中心だった。癌や高血圧、心臓病、糖尿病のような慢性疾患というこれまであまり馴染みのなかった世界が極めて重要になりつつある変化は大きい。肺結核はストレプトマイシンを投与すれば完治した。慢性疾患は基本的に完治することはなく、良くても寛解だ。寛解の状態では、治療を続けながら病気の症状を抑え、時には必要な治療をしていくことになる。増加傾向にある認知症も慢性疾患だ。その対応は息の長い作業になってきている。

 このように、社会は数年、数十年の間にどんどん変化してしまう。社会システムはダイナミックなものと理解したうえで、これをデザインしていく必要がある。

三つの“新しい常識”を正しく理解し、スキルとして使いこなす

 では、どうすれば社会システムをデザインできるのか。横山氏は「“新しい常識”を身につける必要がある」という。古い常識とは、「読む」「書く」「算盤」の三つで、それぞれを、時代に合わせてアップデートした常識が必要である。

 「読む」に対応する新しい常識は「システム」となる。現代においては、社会をシステムの集合として理解し、そのシステムのパフォーマンスが理解できてはじめて「読む」に相当する常識を備えたことになる。

 「書く」に対応するのは「デザイン」だ。デザインとは、問題の裏返しではない答えを追求すること、あるいは統合解(インテグレーション)を提示すること、としている。「算盤」に対応するのは「マネジメント」。定量化して状況を的確に理解し、不完全な情報で意思決定をすること、ダイナミックな状況に対応することを、マネジメントと定義する。

 社会システムをデザインするには、この三つを連携させて使いこなす必要がある。システム、デザイン、マネジメントという単語を知らない人はいない。この点について横山氏は「これらを言葉として知っているだけでは役に立たないところがポイントだ。楽器を演奏するときに、いちいち頭で考えていたら曲にならないのと同じこと。新しい常識は、訓練を通じて体で覚えるスキルなのだ。私の言い方では『身体知』となる」という。

デジタル化の時代。新たなテクノロジーとどう向き合うか

 社会システム・デザインができるようになると、どのような解が見出せるようになるのだろうか。

 医療システムの例ではこうだ。心の病や慢性疾患が社会に広まって以降、米国では、治療が長期にわたるこれらの病気に対する理解を深め、インフォームドコンセントやセカンドオピニオンを重視するようになった。医者が患者に対して、その患者に合わせた具体的な説明をするのだ。説明の部分を機能させるため、医療教育に、適切な説明をし、患者の納得を得るための訓練をするカリキュラムも必要だが、日本ではまだ十分展開していないのが実情だ。また、慢性病はモニターし治療する期間が長い。仮に担当医が変わったとしても、患者へのケアを継続できるシステムを構築することも重要だ。

 このように、社会システム・デザインでは、社会がダイナミックシステムであることを踏まえ、時間軸のあるデザインをしていくことになる。

 ところが「日本においては時間軸のあるデザインがあまりできていない」と横山氏は指摘する。医療においては、その医者が退職してしまったり患者より先に死亡してしまったりしても、患者へのケアをチームとしてスムーズに継続できるようなシステムができ上がっていないのである。社会システム・デザインの視点がないことによる問題は、医療に限らず、日本には至る所にある。

 さらに、社会には不連続な変化、大きな変化が起こることもある。医療で言えば、急性疾患の時代から慢性疾患の時代への変化は大きい。QOLを含めた心のケアが重要になっている。このようなことが分かってから何十年も経過しているのに、日本ではいまだにその変化に対応しきれていない状況だ。それは社会システム・デザインのスキルが訓練されていないからだ。

 ビジネスにおいても同じことが言える。横山氏はマイクロプロセッサの誕生を例に挙げる。マイクロプロセッサが普及し始めたのは1970年代初頭のこと。時を同じくして金融業において変動相場制がスタートし、金融業界はマイクロプロセッサを使って複雑な為替レートを計算し、最適なポジションをとる激変期に入っていった。マイクロプロセッサが、当時の既存の技術の延長上にはない不連続な技術だったこともあり、社会全体へのインパクトは想定を超えるものとなった。

 そして現代は、デジタル化の時代。ほんの数年前まで想像もできなかったようなテクノロジーがあらゆる業界にさまざまな形で入ってくる。しかも、改良や進化のスピードがこれまで経験したことのないほど早い。直近で言えば、OpenAI社のChatGPTのようなツールもその一つだろう。

  企業はこれまでの縦割りで孤立した産業発想から脱却し、「社会は相互連鎖した産業横串のシステムの集合体であり、社会全体のデザインは人間の能力を超えているが、個々の社会システムはデザインできる」と考えること。そして、社会のダイナミックな変化のスピードは増す一方だということを理解しなければ、新しいテクノロジーを、競争相手に先駆けてビジネスに生かすことは難しい。

 社会システムをデザインするには、新しい常識を身に着ける必要がある。習得には時間がかかるが、「新しい常識を『身体知』の域まで高めることができれば、絶えず仮説を組み立てながら繰り返し検証し、問題の裏返しではない戦略を練り上げることができるはずだ」と横山氏は語った。

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 3月30日(木)、31日(金)に開催される「第16回 DXフォーラム」での横山氏の特別講演では「DXの前に「社会システム・デザイン」だ!」と題し、変化し続けるダイナミックなプロセスの中で課題解決に向かうための要諦をご紹介する。「DXフォーラム」ではこの他、東芝執行役上席常務 最高デジタル責任者/東芝デジタルソリューションズ取締役社長の岡田氏、三菱電機常務執行役、CIOの三谷氏、ロート製薬執行役員CIO、DX推進オフィサーの板垣祐一氏、三井住友フィナンシャルグループ執行役専務グループCDIOの谷崎勝教氏などの講演が予定されている。