アデコが「社員の人財躍動化」を進める取り組みで、ワークショップを行ったのが、「JDIR」の著者・飯室淳史氏だ。

 飯室氏は世界有数のB2B企業である米GE(ゼネラル・エレクトリック)で、セールスとマーケティングの両方の統括本部長になったのを皮切りに、アジアパシフィックCMO、日本のカントリーマネージャー、執行役員までを経験。日本人で唯一のグローバルデジタルCMOとして、同社のデジタルマーケティング戦略の全世界統括をした実務と経営リーダーという異例の経歴を持つ。そうした経歴から数え切れない失敗から学び続ける「実践的先駆者」と呼ばれ、現在はB2B経営とマーケティングの専門家に加え、B2Bファシリエータとして、マーケティングとリーダーシップで経営の変革を加速するサポートをしている。 ※飯室氏の記事はこちら

 ここでは、その飯室氏の「組織としてイノベーションを継続的に生み出し続ける」メソッドを紹介する。

 このメソッドで重要になるキーワードが「集合天才」。

 これは「自分一人で何かを作るのではなく、それぞれが得意な領域・スキルを持ち寄って、社会課題に取り組んでいくという考え方」だ。

(総合人材サービス企業のアデコがこの手法を導入し、多くの社員に「既存事業をうまくやっていく能力だけではなく、新しいものを生み出す能力を身に付けてもらおう」としていることは、記事「日本企業の人材活性化はどうすれば実現できるのか?『人財躍動化』を新たな役割に定めたアデコの取り組みに学ぶ」で紹介しているので、併せてご一読いただきたい)

飯室氏がわざとミスリードをする質問をするのはなぜか?

 まずは、飯室氏のメソッドの特徴から解説しよう。

 それは「学んで分かるではなく、できるようになること」がポイントになっていることだ。

 飯室氏は手順や方法、ノウハウ、知識、スキルなどの技術的に解決できることを教えずに、また、すぐに理窟や理論、問題の正解を教えるのではなく、まずは自分で考え自分で気付くことを重視している。

 それは、「最終的に気付きを行動に移して、できるよう習慣化してもらう」ため。「習慣とは、目的を持った行動を意識して繰り返すことで身に付くもの」と飯室氏。目的もなく、意識もしないで繰り返すだけでは、習慣として身に付くまでに時間がかかるが、このメソッドではその遠回りを避けることができる。

 そのために飯室氏は手法にも工夫をする。「オンラインのコミュニケーションツールを使って、多数の参加者に向けて、飯室氏が問い掛けを行う」のだ。

 その際、マイクはミュート。参加者は手元のノートに手書きのメモを取らずに、その代わりにチャットに書き込む。これは「気付きをシェアするため」(飯室氏)だ。チャットに書くのは気付いたこと、「へえ~っ」と思ったこと、ひらめいたこと、覚えておきたいこと、疑問に思ったことなど、何でも構わない。

 そして、飯室氏は「問い掛けをわざと、ミスリードするような質問にしている」。例えば、ウサギにもトリにもどちらにも見える絵を見せたり、間違いだらけの文章を読ませてみたり、「仕事の拡大・充実化とはどういうことか」と、答えが幾つもある質問や、「どうすればイノベーションを起こせるか?」と、正解のない質問をする。

 この意図を飯室氏はこう話す。「これにより、参加者たちの頭の中で、気付きを起こさせる。人間は何かを見た際に、自分の記憶と照らし合わせて同定する(既に知っていることと同一もしくは似ているものであることを見極める)が、それを利用して『自分の間違いに気付かせる』あるいは『わざと、ミスリードさせる』ことで、参加者の頭の中に『おや、何だ?』という感情(違和感)が起こる。世間でいう気付きとは、このことをいっている」

 この自分から間違いに気付くプロセスでの「違和感」が重要で、飯室氏のワークショップでは、「その違和感を大切にして」や「その違和感をスルーしないで」「違和感を突き詰めよう」などという言い方が頻繁にされている。

飯室氏のメソッドでは多く「失敗する」方がよい

 なぜ、この手法を使うと、「学んで分かるではなく、できるようになる」のか、詳しく見ていくと、そのポイントは2つ。

 1つ目のポイントは「気付きを参加者全員と共有する」点にある。

 これにより、ワークショップ参加者の好奇心が刺激されるわけだが、それには2種類ある。1つがミスリードをする質問により、これまで「こうだ」と思っていた見え方が変わることでの好奇心。もう1つが、参加者の多様なものの見方を知ることでの好奇心。

 飯室氏は次のように言う。

「セミナーを聴いているときや会議に参加しているとき、皆さんは手元のノートにメモをとるかと思うのですが、自分がメモをとっていないときに、隣の人が急にメモを書き出すと慌てませんか? 『もしかしたら、自分は何か大切なことを聞き逃したのかもしれない』と。人は多様性の生き物ですから、何かに違和感を感じ、『おや、何だ』と気が付く物事は人により千差万別です。同じことに気付くこともありますが、全く違うことに興味を持ったり、違和感を感じるのが普通です。ですから、そうした自分と違う人の『気付き』をシェアすることで、『どうして自分はそんな大切なことに気付けなかったんだろうか!』『自分は、全くその点には気付きを得られなかった』と愕然とするはずです。でも、それでいいのです。決して、『次からは自分も気付けるようになろう』などと無駄な決意をするよりも、『こうやって多様性のある仲間とお互いに気付きをシェアすることで、何倍も、何十倍も、何百倍も気付きを手にすることができる』と理解して、行動が変われば、それでいいのです」

 飯室氏のメソッドでは、気付きの共有化を円滑に進めるためのルールも設けている。それは

・それは違うと相手を否定しない(=誰よりも無知であると思える人になる)

・そんなことは知っていると多様な意見の受け入れを拒否しない(=誰から、何からでも気付ける人になる)

・「それ本当?」と言ってみる(=相手にも気付きを与えられる人になる)

 ここで飯室氏がよく使うのが「謙虚であること」という比喩だ。

「日本語の辞書で『謙虚』を調べると、『控えめで、慎ましいこと』と人の態度や人柄を表す言葉として定義しているものが多いのですが、Oxford University Press(英国オックスフォード大学の一部局として世界規模で英語教材から絵本、専門書、学術書、辞書を出版している)が提供するOxford Languages(辞書などを主に提供しているプロジェクト)では、この『謙虚』を

・『自分をえらいものと思わず、素直に他に学ぶ気持ちがあること』
・『自分の能力や所有物についてあまり自慢げに話さないこと』
・『自分を他人より重要であると思わないこと』
・『他の人から注目を集めるような行為を慎むこと』

と定義しています。日本語の辞書とは随分と違うものですが、こちらの方が謙虚の本質を突いているように感じます」(飯室氏)

 そして、「好奇心の刺激により、それまでの自分のものの見方に『それ本当?』という疑問を与え、既成概念(成功体験)を捨てるきっかけにする」ことが、この1つ目のポイントのゴールだ。