自動車誕生以来100年に一度の大変革は、世界のトヨタも大きく揺さぶった。2018年には自動車メーカーからモビリティ・カンパニーへの変革を宣言、富士山の麓にモビリティのためのテストコースとしてウーブン・シティなる実験都市の構築を決定。従来の殻を捨てて脱皮する姿は、関連約37万人を抱える企業というよりスタートアップのようだ。今回はトヨタのミッション「幸せの量産」達成に何が重要なのか、そのコアコンセプトに迫る。

創業以来の教えは「産業報国」、利他の心で社会に貢献する

――トヨタのミッションは「幸せの量産」と聞きました。それは昨今話題のダイバーシティに関する考え方やサステナビリティと、どう関係するのでしょうか。

大塚 友美/トヨタ自動車 Chief Sustainability OfficerChief Sustainability Officerとして、トヨタのミッション「幸せの量産」と持続可能な社会の推進をけん引。女性総合職1期生として入社以来、ダイバーシティプロジェクト、未来プロジェクト、モータースポーツビジネス創出など、一貫して変革推進の現場に身を置き、多様性やサステナビリティ実現をリードする。大阪大学法学部卒、アメリカ・ダートマス大学MBA取得。-----お薦めの書籍:『SDGs思考 2030年のその先へ 17の目標を超えて目指す世界』(田瀬和夫、SDGパートナーズ著)

大塚友美氏(以下敬称略) トヨタには創業以来受け継がれてきた「豊田綱領」という教えがあります。そこで第一に言われているのが「産業報国」です。産業で国に報いる、自社ではなく国に報いる、つまり利他の精神で、産業(ビジネス)を遂行することがトヨタの原点です。

 この豊田綱領をDNAとして受け継ぎ、私たちは自社のミッションを「幸せの量産」と定義しました。そしてこのミッションを達成するには、多様な人の多様な幸せが必要です。つまり多様な人が参加できる土壌がいる。だからこそ私たちはダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)を目指すのです。そしてDE&Iを目指す上で必要な行動は2つ。1つは「多様なステークホルダーを理解し、寄り添う」こと、もう1つは「自身を変革し、全員が活躍できるようにする」ことです。

トヨタ哲学のコア「豊田綱領」を頂点に、ミッションやビジョンが表記されている「トヨタフィロソフィー」
拡大画像表示

<編集部より補足>
いま一度 、ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョンについて確認したい。ダイバーシティ(Diversity)は多様性、エクイティ(Equity)は公平性、インクルージョン(Inclusion)は包括を意味する。性別や年齢、国籍、障がいの有無、価値観など、さまざまなバックグラウンドを持つ多様な人材が、互いを認め合い、尊重しながら、業務に向かおう、向き合える環境を作ろうというメッセージだ。こうした考え方が話題になるのは、人材こそ注力すべき資産という意識が企業に強くなってきた背景がある。特にエクイティはトヨタでも最近加わった単語で「一人ひとりが互いを認め合い、差別なくみんなに平等のチャンスがある環境」(大塚氏)というイメージだ。またトヨタの幸せの量産には「だから、ひとの幸せについて深く考える」といった次のステップへの示唆が6つあり、6つ目は「だから、この仕事は限りなくひろがっていく」だ。限りなく広がるとは、まさにサステナビリティ。幸せを量産すれば自社はしっかり続いていく、サステナビリティを保てると理解できる。

DE&Iに向けて、その1。多様なステークホルダーを理解し寄り添う行動が大事

――「ステークホルダーを理解し寄り添う」行動とは、具体的にどういうことでしょう。トヨタではどう行っているのですか。

大塚 トヨタはご存知のようにグローバルカンパニーです。そして販売台数の地域構成は日本15%、北米28%、欧州11%、中国20%、アジアと新興国25%と、偏りなく多様な地域でビジネスを展開しています。世界各地の多様なステークホルダーに向けて、トヨタはビジネスを行っています。

 寄り添うという意味では、町いちばんの会社を目指しています。豊田前社長がよく使う例え話なのですが、フランスで3軒の歯医者の看板に、世界一、フランス一、町いちばん、と書かれていたとき、どの歯医者さんが最も信頼されたかと言うと、町いちばんの歯医者さんでした。寄り添ってくれる町の医者こそ信頼できる。だから我々も町いちばんを目指しています。

トヨタは世界一ではなく、町いちばんの会社を目指す
拡大画像表示

 そして寄り添う気持ちを大切にするのは、過去の反省でもあります。以前はトヨタもグローバルで台数や収益を伸ばすために、売れるクルマ、儲かるクルマを優先する傾向がありました。しかしリーマンショックで市場が急落した時、量的拡大で膨らんだ固定費によって赤字転落を招きました。

 そこでリーマン後、 豊田が社長に就任してからは、各地で愛される車、ユーザーのニーズが高い車を中心に車種を再構築しました。ランドクルーザーやハイエースなどのロングセラーには再度光を当て商品力を強化、カローラやヤリスなどのグローバル車種は、多様なニーズに向けてバリエーションを拡大しました。こうして車とユーザーの関係性を見直したことで、新型コロナウィルスによって市場の環境全体が悪化した時期でも、シェアを伸ばし利益を上げることができました。多様な顧客ニーズに寄り添い、それに応えることの大切さを感じました。私が 米国や欧州、アジア等に行った時、多くの顧客からもらった「トヨタを信頼しているよ」という声は、今でも私の原動力です。

 そして顧客に寄り添う クルマづくりのためには、とにかくステークホルダーの声に真摯に向き合うことが大事だと考えています。北米のディーラーさんからは「トヨタとビジネスをし続けたい。なぜならトヨタはいつでも話を聞いてくれる」と言われました。 もちろん話を伺っても、できないことはありますが、お客様や現場を身近に感じ、何とかしたいという情熱や意志を持つ結果、知恵を生み、出来ることが増え、会社が強くなるのだと思います。

 トヨタは、モビリティに関わるあらゆるサービスを提供し多様なニーズに対応するモビリティ・カンパニーを目指すと宣言しました。移動をより円滑にするには車というハードウェアだけでなく、道の選択や渋滞情報の把握といったソフトウェア面への注力も必要です。ですからモビリティ・カンパニーになり、ハードとソフトの両面で新しい移動を可能にし、今以上に顧客の多様なニーズに応えたいと考えています。

 その一環として静岡県裾野市に、技術とサービスを育成する ウーブン・シティを構築中です。ここには多様なパートナー、多様な住民の方々を招き、街全体をテストコースにして新しい技術やアイデアを試して、グローバルでの実装スピードを上げるつもりです。その目的は、未来のために多様な選択肢を作ることです。多様な未来に寄り添う気持ちで取り組んでいます。