ほんの20年前までは下請けの鋳物工場だったのが、今や自社ブランドのインテリア小物で世界展開するまでに。
そんな劇的な業態転換を成功させたのが、富山県に拠点を置く鋳物メーカー「能作」だ。近年にあっても、画期的な新社屋の建設や医療機器分野への進出といった斬新な施策を実行し、さらにはコロナ禍においてもまた新たな変化を遂げようとしている。同社の変革の秘密を、本社屋の見学レポートと、社長インタビューでつづる。
職人の平均年齢35歳。休憩中にはスケボーも
2017年、富山県高岡市に完成した、能作の新社屋。グッドデザイン賞も受賞した瀟洒な建物には、本社オフィスと生産工場に加え、カフェや製作体験コーナーも設けられている。新社屋は、月間来場者数は1万人にのぼる。東京ではなく、高岡市の中心街からも離れた場所にあることを考えると、ケタ違いの“集客力”だ。
この社屋の目玉の一つが、自社カフェ「IMONO KITCHEN」だ。飲み物や料理が能作の食器で提供されるため、たとえば水を1杯飲むだけでも、錫100%製のグラスの独特な重みやひんやり感、飲んだ時の口当りなど、能作の製品を文字通り“体感”できる。カフェ横の鋳物製作体験コーナーからは、砂を押し固めて型をつくるコンコンコン…という音が鳴り響く。
そしてもう一つの目玉が、工場見学だ。工場内には「鋳」「炉」「銅」などの文字にかたどられたサインボードが頭上に設置され、どの工程、あるいはどんな素材の作業場所かが把握できるようになっている。作業する職人たちの平均年齢は35歳と若く、洒落た製品の木型がデザインされたユニフォームを着ている。音楽を聞きながら作業をしたり、休憩中に屋外でスケボーに興じたりする人もいる。
もう一つ印象的なのが、多くのファンに支持されているブランドでありながら、機械による大量生産ではなく、一つ一つを手作りしている点だ。溶かした金属を鋳型に流し込み、固まったらそれを型から取り出し、機械で研磨するといった一連の作業の全てを、職人が手作業で行う。したがって同じ製品であっても、実はそれぞれ厚みや形が微妙に違い、それがまたアジとなっている。
能作の製品は決して安くはない。しかし、工場で職人たちが手作りしているのを目の当たりにすると、高いとは思えなくなる。
今では働き手を含め多くの人を惹きつけ、富山の“顔”となった能作だが、20年ほど前の状況は大きく違ったという。
短冊を加えただけで、売れ行きが100倍に
能作が鋳物の生産を始めたのは、1916年のこと。もともと高岡市は全国屈指の鋳物生産地で、能作が手掛けたのも、同地の伝統にのっとった仏具や茶道具、花器の製作だった。戦後の高度成長期には、モダンなデザインの花器がヒットし、業務を拡大。ところがその後、人々のライフスタイルの変化をはじめとする時代の波に押され、能作製品の需要は徐々に減少。2000年を目前にして、同社は苦境に立たされていた。
転機が訪れたのは2001年。現社長の能作克治が、東京での展示会に自社製造のハンドベルを出展したところ、あるセレクトショップの目に止まり、そこで取り扱われることに。それまでは下請けとして製作物を問屋に卸すだけだった同社が、初めて自社製品を直接売り場に送り込んだ瞬間だった。
始めは3ヶ月に30個と売れ行きは奮わなかったが、店員から「音が良いしスタイリッシュなので、風鈴にしては?」と提案を受け、短冊を付けて風鈴として売り出したところ、今度は3ヶ月で3000個を売り上げる。これが変革の“号砲”となる。
以降能作は、長年培ってきた真鍮の鋳造技術を活かしたインテリア小物の製造・販売を本格的に開始し、多くの支持を集めていく。2003年には、世界初の錫100%製の鋳物製造を開始。“柔らかすぎる”という錫の欠点を逆手に取り「自在に曲げられるテーブルウェア」として売り出した「KAGO」シリーズは、同社を代表するヒット商品に。人気となった同社製品は、一時は納期まで1年近くかかることもあったが、製作効率を大幅に上げられる「シリコーン鋳造」の新技術を試行錯誤の末に生み出し、それも解決した。
そして能作は、こうした変革で大成功を収めた後も、年間の売上高を超える額を投資しての社屋新設や、海外展開の本格開始、医療機器分野への進出など、なおも大きく変わり続けている。さらにはコロナ禍で直営店の売上が大幅に落ち込む中、むしろ同社は直営店を積極的に増やそうとしている(その理由は、以下のインタビューで紹介)。
なぜ能作は変わり続け、成功を収めてきたのか。その秘密を、能作克治 代表取締役社長にインタビューした。
種まきをたくさんすれば、1つは花が咲く
實石 能作さんは以前「今は鋳物メーカーではあるけど、将来はジュエリーメーカーになるかもしれないし、ウェディング事業を手掛ける可能性だってある」と発言されています。この言葉の本質はどこにありますか?
能作 時代は流れますし、人々の思考も変わるので、そこに合わせて企業も変わらなくてはいけません。今回のコロナ禍も、まさにそうですよね。時代が激しく変わる中で、それにどう対応していくか。それこそが、企業が一番に考えるべきことだと私は思います。
したがって当社は、業態にはこだわっていません。世の中がどうなるかなんてわからないからこそ、既成概念にとらわれず、時代の動きに適応し続けていく。それも周りに合わせて動くのではなく、自分で「感じて動く」ことが大切ではないでしょうか。
もちろん守らなくてはいけない部分と、革新しなければいけない部分の両方がありますが、いざ革新の一歩を踏み出した先には、新しい世界が広がっています。その一歩を踏み出せずに苦しんでいるのが、日本の多くの伝統産業だと思います。
實石 「変わるべきところ」は、どう見出していますか?
能作 「10年後にこれがくる」というのはわからないので、これという情報が入った時には、まずは一回やってみるようにしています。それが後々うまくいくこともあれば、逆に全然うまくいかないこともある。そうして種まきをたくさんしていれば、そのうちの1つか2つは花が咲くだろうと思ってやっています。
人って失敗することを考えてしまうと、新しい一歩が踏み出せなくなるんです。そこで私は、失敗を極力忘れるようにしています。だから新しいことができるのかもしれません。結局、失敗も成功も悪いことではありません。一番悪いのは、何もしないことなんです。
實石 変革を進める中で、モノやサービスをどう売るかも、難しい課題です。
能作 当社が海外に進出して分かったことが一つあります。それは、モノには必ず「売れる場所」があることです。たとえば当社の「KAGO」は、それまでニューヨークに取扱店が3軒ありましたが、あまり売れませんでした。「アメリカ人はこういう製品が嫌いなのかな?」と私は思いました。
ところがその後MoMA(ニューヨーク近代美術館)に卸したところ、多い時にはひと月で1000万円以上も売り上げたんです。何かの記念品としてまとめ買いされているのかとも思いMoMAに聞くと、そうではなくて1枚1枚売れていると。要はMoMAが「売れる場所」だったわけです。
どんな商品・サービス・技術でも、絶対に売れる場所がどこかにあります。結局は、そこにどう巡り合うかなんです。だからこそ、アンテナを広く張り、いろいろなことを体験する。そうしているうちに、運命的な情報が、アンテナにちょこんと触れるのではないかなと。偶然ありきで考え、その偶然の確率を、できるだけ高めるわけですね。そういう意味では、いろいろな人の声に耳を傾けることも大切になります。
實石 コロナ禍により、ビジネス環境が大きく変わりました。能作では、それをどう捉えていますか?
能作 当社もコロナ禍で東京の直営店4店舗の売上がガクンと落ち込みました。一方でECサイトの売上は、200%以上になりました。
以前、ある人からこう聞かれたんです。「能作の商品は5000円や1万円するものがほとんど。そんな商品をECサイトで買う人なんているの?」と。確かに私自身も、5000円や1万円もするようなものを、ECでポンとは買えません。それなのにECで売れているのは、どういうことか。
そこで私はこう考えたんです。飲食店などを通して当社の製品に触れる人が増え、それでECで買ってもらえるようになっているのではないかと。ということは、当社の製品にもっと触れられるようにしたら、ECの売上はさらに上がる。つまり、これはチャンスではないかと。そこで当社は、直営店をどんどん増やすことにしたんです。その皮切りとして21年9月、金沢に直営店を新たにオープンしました。
大変な世の中にはなりましたが、いろいろな種まきができるという意味では、今は大きなチャンスだと思います。インバウンドは少ないですが、逆にアウトバウンドをとりやすい局面にもなっています。そんなふうに今目の前にある状況をどう活かすかが、とても重要なんだと思います。
實石 逆境に見える状況でも、見方を変えてプラスにされてきました。その秘訣は何でしょう?
能作 根底にあるのは、「楽しさ」です。考えてみると私は、18年の職人時代も含め、仕事がずっと好きだったんです。好きだと、やりたいことがどんどん出てきますし、好きで真剣に取り組むからこそ“アンテナ”が大きくなり、いろいろな情報がそこに引っかかる。だから結局は、「やるのであればとことん好きになる」というのが、一番の秘訣だと私は思います。
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他にも能作社長からは、業態を大きく変える原動力となったエピソードや、地元と共存共栄することに対する強いこだわりといったお話をきいた。以下インタビュー全編を収録。
※2021年11月~12月開催「JBpress World」にて配信された内容となります。