ファンエンゲージメントの妨げになりかねない人事施策


株式会社HEART CATCH 代表取締役 プロデューサー 西村真里子氏:
国際基督教大学卒。日本アイ・ビー・エムでITエンジニアとしてキャリアをスタート。
その後、アドビシステムズでフィールドマーケティングマネージャー、バスキュールで
プロデューサーを経て2014年に株式会社HEART CATCH設立。

西村真里子(以下、西村):今年に入って流行したClubhouseをはじめ、さまざまなSNSのプラットフォームが生まれています。しかも、Clubhouseはすでに「ピークを過ぎた」という声も聞かれるほど、流れも速いですよね。その中で、企業はどのようにファンとつながり、エンゲージメント(満足度)を高めていくべきなのでしょうか。

 岩佐さんは、まさにニッチな市場のコアファンが喜ぶハードウェアを形にしてきましたよね。たとえば、アニメ作品に登場する特殊拳銃を再現した「ドミネーター」は、玩具としてはかなり高額な価格帯(定価7万9800円〜)でありながら、忠実な再現度が話題となって、熱狂的なファンを中心にヒットしました。ファンを集めるコツはどこにあるのでしょうか。

岩佐琢磨(以下、岩佐):なにより「深さ」を取りに行くことが大事だと思います。広くファンを獲得するより、たとえ小さな市場、コミュニティでも、そこにいる熱いファンが納得するような内容で刺していく。そこでカギになるのは、企業の担当者自身がその分野をシンプルに好きなこと。担当者自身がオタクと言われるくらい熱中していることですよね。でなければ、コアなファンが何を好むか、何が深く刺さるか掴みにくい。シンプルに、担当者レベルがその分野に熱中し、ファンの気持ちの中に入っている状況を作ることが必要だと感じます。

 ただ、日本企業の人事施策は、この状況を作りにくいですよね。さまざまな部署を経験させながら、ジェネラリストを育成するのが一般的ですから。「この道何十年」という、一つの分野に熱中する人材を生み出しにくい。そういった人事施策から見直すべきで、短期間に異動させず、その分野に圧倒的な知識や熱量を持つ“深い”担当者をつけるべきではないでしょうか。すると、コアファンはその担当者を信頼するようになり、「あの企業は○○さんが担当しているのだから間違いない」と考える。それはブランド形成にもつながるでしょう。

藤森慶太(以下、藤森):かつてはマスのコミュニティが多数存在していたので、特に大企業はそちらを狙うのが主流でした。むしろROI(投資利益率)を考えると、大企業は小さなコミュニティを狙いにくかった。しかし今後は、間違いなく小さなファンコミュニティが無数にできる世界になっていきますよね。

西村:日本IBMのFuture Design Lab.では、生活者の動向やそれに基づいた顧客体験のデザインやコンサルティングを行っていますよね。その視点から、大企業としてどのようにしていくことが必要と考えますか。


日本アイ・ビー・エム株式会社 Future Design Lab / Future Design & Creative
/ Total Media Producer 岸本拓磨氏:

ABC朝日放送にて約20年、販促のイベントやCM・番組制作、クロスメディア企画
などを担当。その後、ソーシャルメディア運営、動画配信やARアプリなどのデジタル
コンテンツ企画やビジネス開発、宣伝・話題化などを担当。2016年よりIBMインタ
ラクティブエクスペリエンスに参加。

岸本拓磨:やはり最近の変化として強く感じるのは、より深いコミュニケーションが求められていることです。かつての企業プロモーションといえば、広く伝える「マス戦略」が中心でした。たとえばPRに起用されるのは、著名な芸能人などのメガインフルエンサーが多かった。しかし、最近は風向きが変わってきています。認知度がそれほどなくても、ターゲット領域のファンから深く信頼されている、業界にどっぷり浸かっている人物を起用する方が自社ブランドの忠実なファンを増やすという観点では「効果は高い」という見方が増えています。また、若い人になるほど、オープンなプラットフォームよりプライベートチャットを好むデータも出ています。今はむしろ、そういったプライベートスペースに顧客が主体的に参加するような設計を用意することが重要ではないでしょうか。

 しかも今の顧客分析は、「20代女性」といった大まかなセグメントではなく、個人の趣味や思考などで分析できるようになっています。顧客を「個客」で捉えられるようになり、特定の小さなコミュニティに深く刺す設計がしやすくしました。従来は効果が見えにくかったため、大企業もマス施策にいきがちでしたが、今は具体的に把握できます。その点が大きな変化ですし、私たちも効果の予測や設計の面で支援できればと思っています。

広瀬香美、小林幸子、石橋貴明。芸能人に見る“早乗り”コミュニケーションの重要性


株式会社Shiftall 代表取締役CEO 岩佐琢磨氏
2003年からPanasonicにてネット接続型家電の商品企画に従事。2008年に
株式会社Cerevoを起業、30種を超える自社開発IoT製品を世界70の国と地域に
届けた。2018年4月、新たに株式会社Shiftallを設立し、代表取締役CEOに就任。

岩佐:もうひとつ、企業のファンエンゲージメントを考える上で、僕はよく「プラットフォーム議論」をしています。というのも、十分に成熟した、飽和状態のプラットフォーム・コミュニティで新鮮さや意外性を出すのは簡単ではありません。土屋さんのように、テレビがあれだけ成熟した後で斬新な番組を作るのは、一部の才能ある人しかできない(笑)。対して、出来たばかりの舞台で“初物”をさしに行く方がハードルはずっと下がります。ですから、新しくできたプラットフォームやコミュニティに“早く乗る”ことも重要だと思っています。

 Clubhouseなら、最初期に出来た港区女子のルームはかなり話題になりましたし、Twitterで例を挙げるなら、芸能人として初期に参入した広瀬香美さんが代表的です。観客とTwitterのみでコミュニケーションするコンサートを開くなど、大きな話題になりました。いまだにTwitterでの発信力もあります。黎明期に乗ったからこそ、初物をたくさん生み出せた。そして、その行動はファンに深く刺さり、今に続く熱狂を生んでいます。

 対して、Twitterが成熟した今、同じことをやっても影響力は全く違います。それなら、新しく生まれた仕組みに早く乗って、初物を狙う方が効率的でしょう。ネットのプラットフォームは日々誕生していますし、誕生初期に参加している人は熱量が高い。黎明期に新しいことをやると、ファンとの深いコミュニケーションになりやすいと思います。

西村:LAWSONの「ローソンクルーあきこちゃん」も近いかもしれません。Twitter初期に生まれ、ファンエンゲージメントにおいて大きな効果を生みました。企業のキャラクターがTwitterでコミュニケーションする形は、当時まだ事例が少なかったですよね。

岩佐:逆に、後から入ってもその時点で圧倒的にユニークなら深く刺さることもあります。ニコニコ動画における小林幸子さんが良い例です。ニコニコ動画に芸能人が参戦するケースはありましたが、あの年代の有名な演歌歌手、レジェンド級の人物が来たのは初めてだった。それも若者に深く刺さった理由かもしれません。


日本テレビ放送網株式会社 R&Dラボ シニアクリエイター 土屋敏男氏
1979年3月一橋大学社会学部卒。同年4月日本テレビ放送網入社。
「元気が出るテレビ」「ウッチャンナンチャンのウリナリ!」などバラエティ番組を演出。
「電波少年」シリーズではTプロデューサー・T部長として出演し話題になる。

土屋敏男(以下、土屋):そう考えると、石橋貴明さんのYouTube参戦は、小林幸子さんに近いかもしれないですよね。あれだけの大物は少なかったので。そこにもう一枚、クオリティという要素が乗ってヒットした。逆に言えば、その後のYouTube進出の波を考えると、タイミング的にはギリギリだったかもしれない。