次の一手を阻む、印刷業界ならではの事情
印刷業界のもう一つの特徴が、従業員50名未満の事業者が業界全体の約9割を占めていることだ。加えて、前述の通り、印刷業界は自己資本比率が高い傾向にある。過去の収益によって内部留保が多く、財務が一見安定しているように見えるからこそ、他業界に比べて危機感が薄くなっても不思議ではない。しかし、この現状に久保氏は疑問符を投げかける。
「業界が縮小の傾向が続くとしても、短期間で多くの企業が立ち行かなくなることはないかとは思います。しかし、長期視点で考えた時、このままの状態でいいと言えるでしょうか」
コロナ禍でビジネス環境が根本から変わりつつある今、その変化に対応できる次の一手を打たなければ、事業基盤は足元から崩れかねない。変化の時期だからこそ、これまであまり注力してこなかった事業戦略を十分に検討し直し、次の一手を決断すべき時なのだ。
事業戦略で競合差別化を図るための「3つの方向性」
では、経営者が事業戦略を描くにあたって、どのような方向性が考えうるのだろうか。久保氏によると「印刷業界における経営戦略の方向性としては、『バリューチェーンの拡大』『技術特化』『規模の拡大』の3つのパターンが有効」ということだ。
1つ目のバリューチェーンの拡大とは、印刷工程に加え、その前後の領域まで提供価値を拡大することを意味する。例えば、川上の業務であれば、デザイン制作やプロモーションの企画立案といった機能を増やすことが考えられる。データ入力などの業務代行(BPO)、EC支援事業の取り組みなどもこれに該当する。
2つ目は、技術特化による商品の付加価値向上だ。特殊印刷やバリアブル印刷、RGB印刷、後加工での工夫など、特定の技術にいち早く力を入れることで他社との差別化を図ることができる。
ITコンサルティング事業部 副部長の石塚氏によると、「他にも、デジタル技術との融合についても、顧客提案の幅を広げる上で重要性が高まると考えられます。例として、印刷物にARやQRなどのデジタルコンテンツをプラスすることで、宣伝・販促効果をアップさせる施策などが挙げられます。他にも、スクールや学会で使用する資料など、情報量の多い印刷物に関しては電子ブック化のニーズが高く、顧客からも『印刷物も必要なのだけれど、デジタル化したものも欲しい』と言われるようです。特定の業界に入り込み、印刷物にプラスアルファのソリューションを提供することで、より効率よく課題・顧客のニーズに応えることができます」と語る。
3つ目は、M&Aや資本提携による規模拡大とコスト圧縮だ。規模を拡大することで、紙の仕入れコストの圧縮や、重複した機能の統合、人的リソースの転換が可能になる。他にも、デジタル投資による自動化や省力化、需要予測を踏まえた適正な在庫管理、ロジスティクスのアウトソース(またはインハウス化による拡大)なども挙げられる。