複数の通貨建ての資産を裏付けにするリブラが、仮に国内での取引に使われるようになれば、その国の通貨から他国の通貨に、リブラを通じて資金流出が起こってしまいます。とりわけ、自国通貨の信認が十分でない新興国や途上国の政府にとって、このことは重大な関心事となります。このような国ほど、自国の人々が自国通貨ではなくリブラを使いたがる可能性は高くなるからです。米国にとってすら、この点は懸念材料となります。米国の人々がドルをリブラに換えれば、その残高の相当部分は他通貨に流出することになるからです。

 フェイスブックは当初、将来的にはリブラの運営を合議体に委ね、裏付資産の構成も多数決で決めていくとのプランを示していました。しかし、米国議会での相次ぐ警戒感を受け、2019年夏には「裏付け資産に中国人民元は含めない」と明言させられます。この時点で、「リブラの運営を合議体に委ねる」との当初のプランは、実質的に修正を余儀なくされたわけです。

 さらに、2020年4月には、「100%ドル建て、100%ユーロ建てといった、単一通貨建てのリブラも発行する」という大きな方針変更を表明します。これにより、「グローバル通貨」というリブラの当初の理念も、実質的に修正を余儀なくされたわけです。

「リブラ」から「ディエム」へ

「米国の国内取引向けには100%ドル建てのリブラを発行する」ということであれば、米国当局が強く反発する理由は無くなるようにも思えます。実際、「テザー」など、ドル建て資産を裏付けして価値の安定を図っていると標榜する暗号資産は既にいくつか発行されています。その中には、かならずしも「100%」の裏付け資産を持っておらず、部分的にしか価値をカバーしていないものも多くあります。これらの暗号資産の発行は認めながら、ドル建てリブラの発行に当局がなお慎重であり続けているのはなぜなのでしょうか。

 もう一つの本質的な問題――フェイスブックが大きすぎるからです。これは、米国当局によるフェイスブックへの独禁法提訴とも通じる要素があります。マネーの側面に照らしていえば、「国家を超える規模を持つマネーのネットワーク」が誕生することへの警戒感があります。

 中国のAlipayやWeChat Payは、中国の人々の生活を便利にしていますし、その価値も今では中央銀行への預け金によって守られています。しかしながら、中国はデジタル人民元の発行を検討しており、その一つの目的が、AlipayやWeChat Payの牽制にあることは明らかです。