生物としての人間は、物理的な「場所」に所在しています。このため、消防にしても警察にしても福祉にしても、ある「場所」で行政サービスを受ける立場にあります。そして、そのコストを賄う課税についても、取引や所得、付加価値などが発生する「場所」を基準に行われてきました。
しかし、課税の対象となる経済の側ではデジタル化がますます進んでおり、これに伴い、所得や付加価値の発生する物理的な「場所」を定義することは、どんどん難しくなっています。
例えば、eコマースや電子商取引を通じて、デジタル化された商品(例:電子書籍や映像、楽曲のダウンロード)をインターネット上で購入し、クレジットカードで支払う場合を考えてみましょう。この場合、購入者は日本の居住者であっても、サービスの提供側が、課税の根拠となる現地法人や支社などの恒久的施設(PE:Permanent Establishment)を日本に持たないこともあり得ます。またダウンロードされる元データは海外のサーバーに置かれ、クレジットカードの決済も海外経由で行われるかもしれません。そうなると、デジタル化された取引の「場所」を特定することは容易ではありません。
また、多様なサービスを提供している企業が、特定のサービスを「データを収集するため」と割り切って特別に安価で提供し、そのデータの利用によって他のサービスで収益をあげる場合もあります。この場合、安価で提供されるサービスだけをみれば、課税の対象となる所得が発生しないこともあり得るわけです。
このように、モノやサービス、取引方法などのデジタル化が進むほど、また、経済が「データエコノミー」化するほど、企業が所得の発生する場所を「選ぶ」ことで、重い課税を回避できる可能性が生まれます。例えば、デジタル化された財やサービスの取引を処理したり、デジタル化された資産のデータを保管するサーバーを税率の低い国に置くといった方法です。
国際協調の必要性
このため、各国が低い税率でグローバル企業の活動を誘致しようとする活動と、グローバル企業による税負担軽減を考慮した税務戦略との相乗作用により、“race to the bottom(最低に向けた競争)”が世界的に起こり得ます。このような、全体としての税収の減少につながる企業の税務戦略は“BEPS”(Base Erosion and Profit Shifting、税源浸食および利益移転)と呼ばれています。これは決して違法ということではありません。各国の制度の違いとデジタル化が相まって、法律に違反しない形で節税ができる余地が広がったことが問題の根本なのです。
一方で、国境を越えて活動するデジタル企業に対し、各国が税収確保の観点からそれぞれバラバラなロジックで独自に課税をしようとすれば、国際的な「税金の取り合い競争」や「二重課税」の問題が起こり得ます。