中国のIT化・デジタル化は本気

 とはいえ、デジタル人民元の調査研究にとどまるなら「頑張っているフリ」でもできるでしょうが、テストであるとはいえ、その現実の発行に漕ぎつけるには相当な準備や交渉が必要なはずです。中国は決済のIT化、デジタル化に本気であることは間違いないでしょう。

 もっとも、中国がなぜデジタル人民元の発行をここまで真剣に検討しているのかは、必ずしも明確ではありません。というのは、中国では既に、民間企業が提供する決済手段であるWeChat Payが約10億人に、Alipayが約5億人に普及しており、世界でもかなり決済のデジタル化が進んだ国になっており、デジタル人民元の発行がデジタル化を大きく進めることになるとは言いにくいからです。また、安全性という点でも、中国は2018年から、WeChat PayやAlipayに残高相当額の中央銀行への預託を義務付けており、これらの手段もかなり安全にはなっています。そのうえさらにデジタル人民元を発行することで、デジタル決済の安全性が大きく向上するわけでもありません。

 こうした中、中国が敢えてデジタル人民元の発行を検討する理由としては、大きく分けて3つの理由が考えられます。

 一つは、民間の決済インフラに対する「牽制」です。WeChat PayやAlipayは、今やユーザー数では世界最大規模のモバイル決済ネットワークに成長しています。これに対し、中国当局はしばしば、これらが国家を超えるパワーとなっていくことを牽制する発言を行うことがあり、デジタル人民元の計画も、そうした一環と捉えることも可能でしょう。

 また、「決済に伴う情報を、必要に応じて当局が把握できるようにする」という狙いもあるでしょう。2016年1月にデジタル人民元計画が明らかにされた際、その一つの目的として「脱税の防止」が掲げられています。現金はもともと匿名ですので、現金が使われていれば、このような情報を把握することができません。しかし、人々が現金の代わりにデジタル人民元を使うようになれば、当局が把握することも可能になります。

 実際、中国人民銀行の易綱行長は今年のインタビューにおいて、デジタル人民元は「制御可能な匿名性」を前提とすると述べています。逆に言えば、中国当局は、デジタル人民元に、現金同様の完全な匿名性を与えることは考えていないといえます。

 三つ目の理由は、中国の国是である「人民元国際化」への貢献です。中国当局は、デジタル人民元の試験的発行を、将来の冬季北京五輪の会場でも行うと発表しています。すなわち、外国からの訪問客に対し、中国のデジタル通貨関連の技術力を示す「ショーケース」として期待されている訳です。

 中国の大きな政策課題は、14億人にも上る国民の生活を中長期的に維持し、向上させていくことです。中国はすでに、多くの一次産品(とりわけ食料、鉱物資源)において、世界第1位の輸入国になっています。この決済においてドルなどの外貨に依存し続けることは、経済のリスクを大きく高めることになります。これらの外貨と人民元の交換レートは、海外の経済や政策などの影響を強く受けてしまうからです。

 したがって中国としては、これらの物資の安定的な調達のためにも、人民元の国際化を進め、決済通貨としてのプレゼンスを高めたいと考えるのは当然のことといえます。デジタル人民元は、その一翼を担うものとなり得るでしょう。