「通帳・カードがなくても利用できるATMを実現した
OKB大垣共立銀行

 2012年9月、岐阜県の大垣共立銀行が国内で初めて「通帳レス、カードレスでも利用できるATM」の実用化をスタートした。ユーザーは事前に手のひら静脈認証センサー搭載の専用端末を使って自身の生体情報を登録しておくだけ。以後は通帳やキャッシュカードがなくても、瞬時に完了する手のひら静脈の読み取りと、暗証番号および生年月日を入力するだけでATMを通じて入出金など各種サービスが利用できる。

 日本のほとんどの銀行では、当人が通帳やカードを携帯せずに外出した場合や、紛失してしまった場合、引き出しや預け入れといった基本的サービスすら利用できない状況が今なお続いている。

 セキュリティを重んじればこその本人認証の徹底だろう、と一定の理解はしつつも、その利便性の低さに対する不満は小さくない。銀行業界サイドも重々そうしたユーザーの本音を課題として受け止めてはいるものの、一歩踏み出せないでいる状況というところ。

 大垣共立銀行がそうした業界のジレンマを乗り越えて新サービスの実行に踏み切った背景には、2011年に発生した東日本大震災があった。多くの被災者が通帳やカードを災害で失い、自分の口座からお金を引き出すことさえ叶わないでいる困窮を知ったことから、銀行業界全体の課題として受け止め、1日でも早く実現すべきサービスとして開発に着手したという。

 そこで採用されたのが生体認証技術。なかでも、高いセキュリティを実現しつつ、ユーザーに極力面倒な手間を掛けずに済むものとして手のひら静脈認証の導入を決定し、同行のATMに手のひら静脈を読み取るセンサーを搭載した。

 生体認証技術を介したサービスについては、利用する側に「自分の体の情報を第三者に渡したくない」という意識が今も根強くある。サービスを提供したい企業としては、ある意味、超えねばならないハードルだ。

 例えば読み取った生体情報を銀行が預かるのではなく、ユーザー本人のICカードに記録していく手法も考えられるが、それでは「カードレスで利用可能」とはならない。地域に根ざした金融機関として、ユーザーとの間に信頼関係を築いていた大垣共立銀行だからこそ実現できたサービスであり、現在、手のひら情報の登録者数は60万人を超え、ユーザーに利便性と安全性が評価された結果と言えるだろう。

 同行のサービス開始から8年が経過した今も、日本国内の銀行では類似したサービスは普及していないが、グローバルな大手金融機関では生体認証技術の導入がすでにスタンダードにさえなっている。

 富士通によれば、同社が提供する生体認証技術は、ATMばかりではないとはいえ、世界60カ国で導入され9,400 万人が利用しているとのこと。今後は日本でも前向きな変化が起きるはずだ。

ブラジルではメガバンクと
年金機構が手のひら静脈認証を採用

 日本の金融機関での生体認証技術の導入に続いて 、グローバルな金融機関では日本には無いダイナミックな変化が次々に生まれている。2006年7月にはブラジルを代表する4大メガバンクの1つ、ブラデスコ銀行が富士通の手のひら静脈認証をATMに導入することを決めた。

 また同行は公的機関であるブラジル年金機構との連携も決定。年金受給をセキュアに実行できる仕組みもまたスタートし、同行は1ユーザーとしての手のひら静脈登録ユーザー数は最大を誇る。

 生体認証技術の導入が早い時期から積極的に推進された背景には、ブラジルが抱える治安の問題があった。カードの盗用など、日本をはるかに超える不正利用の被害が銀行を悩ませていたのである。本人認証にカードのようなモノを用いたり、暗証番号に頼るだけではリスクに対応できないとの判断から、精度と利便性の双方に優れている生体認証技術の検討が開始され、選択されたのが日本の富士通の技術だった。

 一方、高齢者などへの年金受給をマネジメントするブラジル年金機構も、同様に治安に関わる不正受給リスクを問題として抱え、加えて受給者の生存確認を毎年行っていく業務にかかるコストの削減という課題も持っていた。

 そこでブラデスコ銀行が導入した手のひら静脈認証搭載のATMを通じて、本人確認と生存証明を自動的に可能にしながら、安全に年金サービスを実行していく仕組みをブラデスコ銀行との連携で開始したのである。

 数ある生体認証技術の中で、なぜ手のひら静脈認証が採用されたのかといえば、1つは偽造が極めて困難だという点。もう1つは小型化された読み取りセンサーがATMへの搭載に最適だった点。

 本人認証の精度が高い生体認証技術には目の虹彩を利用するものもあるが、統一規格のATMに虹彩を読み取るセンサーを設けても、ユーザーの体格や身体的事情によっては利便性が損なわれる。

 手のひらを読み取るセンサーは、認証精度はもちろんのこと、直接触れることなく認証が可能であり、衛生面でも 高く評価され、導入が決定されたという。

 その評価の高さは、公的機関である年金機構でのサービスが続いている点や、ブラデスコ銀行が新たに生産するATMのすべてにセンサーが搭載されていることから明らかである。