創造科学技術大学院
西垣正勝教授
安全かつ快適な未来社会を構築するべく、企業間ではデジタルトランスフォーメーション(DX)などをはじめとする変革競争が激化しているが、この流れと並行してセキュリティの領域にも次々とチャレンジングな課題が生まれているという。背景にあるのは、パーソナライズ化という社会潮流と個人情報の保護強化という動き。「間違いなくこの人は本人です」と判別するための認証技術の進化に、産業も行政も期待を募らせているというのだが、具体的な実態はどうなっているのか? 生体(バイオメトリクス)認証の研究で名高い静岡大学の西垣正勝教授に話を聞いた。
突き詰めれば「ヒトとは何かを知る」ことが認証技術
数カ月後に迫った東京オリンピックや2025年の大阪万博、あるいはIR(統合型リゾート施設)事業解禁への動きなど、2020年代の日本は、多様な人々が出入りし、あらゆる角度から「安全管理とホスピタリティの共存」が求められることとなる。一方、DXなどによるデータ活用への期待が加速する中、機密情報管理と個人情報保護の重要性が同時に高まるという意味での「セキュリティと利便性とのバランス」もまた問われている。未来へ向かうムーブメントはいずれも「安心かつ安全×便利で快適」という一見矛盾する二要素を同時に満たす必要を迫られていることになる。
そこで鍵を握るのが「この人は誰なのか」を正確に判断する仕組み、すなわち広義の認証技術だ。「手厚いおもてなし(ホスピタリティ)も、画期的に便利なサービスも、本人認証というプロセスが正しく機能してこそ成立する」と語る静岡大学の西垣正勝教授は、この「ヒトに関わる認証技術やセキュリティ領域」を長年研究してきた第一人者。自らの研究課題を「ヒューマニクス・セキュリティ」と命名した理由についても、以下のように語る。
「ITやインターネットの普及と進化に伴い、システムやデータを守るためのセキュリティ技術もまた進化を求められてきました。しかし、もとをただせばシステムを活用してビジネスを進めていくのはヒトですし、そのシステムが結果として提供する製品やサービスによって利便性を享受するのもヒト。
そして、そうしたシステムを違法に攻撃する主体もヒトなんです。ですから、私としては『ヒトを知る』ことこそがセキュリティの基本だと考え、ヒューマニクス・セキュリティと名付けたわけです」
西垣氏によれば、「ヒトを重んじる」姿勢が改めて問われているのはセキュリティだけではないとのこと。例えば、新規サービス確立に関わるような領域でもHCI(ヒューマン・コンピュータ・インタラクション)と呼ばれる研究が密接に絡み、古くからユーザビリティ向上を目指す企業などに注目されているという。
DXで注目されるデジタルマーケティングなども、エンドユーザーをどこまで個人レベルで把握し、最適なアプローチを提供できるか否かを追い求めている。技術の進化は、結局のところ「ヒト(個)を知る」方向へと進んでいるわけであり、ビジネスや社会の営みが「パーソナライズ」を前提とすればするほど、セキュリティ領域では「ヒトを見分け、確実に認証する」技術が鍵を握るようになったというわけだ。
ではなぜ昨今、生体認証への注目度が上がっているのだろうか。