「VTuber」つまり「バーチャルYouTuber」が話題となっているが、以前のVOCALOIDブームとの違いが分からないという方も多いのではないだろうか。今回は、その技術的な違いにも触れながらVTuberムーブメントの特徴、広がるビジネスの世界について考察していこう。
2018年はVTuberビジネスの元年
2018年の「ネット流行語大賞」(ガジェット通信、およびねとらぼが主催)のグランプリが「バーチャルYouTuber/VTuber」だったことが示すように、2018年はVTuberの認知が飛躍的に進んだ1年だった。また、現在も進行中であるVTuberビジネスの大きな流れを決定付けた年であったとも言える。
VTuberとは「仮想」を表すVirtualと、動画共有サービスYouTubeの常連投稿者を表す「YouTuber」を合わせた造語だ。いまや人気YouTuberは、若年層を中心としたコンシューマー層に絶大な影響を与えるタレントと化しているが、VTuberは現実世界の「人」ではなくバーチャルな「キャラクター」を配信者としてコンテンツを作成するものである。現在、このVTuberが企業やメディアを巻き込むビジネスモデルの一つとなっている。
フォロワーの心を掴む、VTuberの特徴とは
代表的なVTuberをあげるとすれば、その草分け的存在といえるキズナアイ(Activ8)を外すことはできないだろう。
キズナアイのフォロワーは、2つのYouTubeチャンネルの登録者数を合わせると400万人程となっており、最高位のYouTuberにも匹敵している。彼女は日本政府観光局より訪日促進アンバサダーにも任命されており(2018年3月)、現在ではBSでレギュラー番組を持つほか、楽曲リリース等ネットの枠を越えた活躍をみせている。
もちろん、キズナアイ以外のVTuberの活躍も盛んだ。地上波のトーク番組に出演した電脳少女シロ、日清食品のCMにも登場し、ソニーミュージックプロデュースでのライブも成功させた輝夜月等、昨今はVTuberの露出の話題に事欠かない状況だ。
ところで、仮想キャラクターのコンシューマー向け展開というと、2007年に登場したVOCALOID「初音ミク」を思い浮かべる人も多いだろう。このVOCALOIDとVTuberとの違いはなんだろうか。大まかな説明をすれば、それは「インタラクティブ性(応答性)」の有無、平たくすれば「キャラクターを演じる人の有無」だと言える。
VOCALOIDは、技術的にはコンピュータを使って音楽を作るためのソフトウェアであり、その中核は音楽制作の世界にあった。作曲者は初音ミクの声でさまざまな楽曲を作り、それが架空のシンガー初音ミクというコンセプトで共有されていた。そのキャラクターを使った映像やゲームも多数登場したが、それぞれは初音ミクのコンセプトに基づいてユーザーやクリエイター達が個別に作り出した二次創作だったと言えるだろう。
一方、VTuberは基本的にはそのキャラクターを演じている人物(多くは匿名)がおり、3DCGのキャラクターはその人物の写像としてネットに投影される。これは、キャラクターの声だけでなく、VTuberが笑えばキャラクターも笑い、身振りや手振りも画面上にそのまま再現されるということだ。バーチャルではあるが、実態としては「被り物」に近い。だからこそ、ゲームをプレイして実況することも、音楽ライブで突然のアンコールに応えることも、テレビに出演してトークを繰り広げることもできる。この即応性やライブ感こそが、VTuberの大きな特徴といえるだろう。
VTuberビジネスの導入例と実施方法
VTuberが獲得したこのライブ感覚は、ビジネスの世界と繋がる原動力ともなった。たとえば、サントリーは専属VTuberの燦鳥ノムを2018年8月にデビューさせた。YouTubeのチャンネル登録数は10万を超え、楽曲の発表や他のVTuberとコラボする等同社のプロモーションで大いに活躍している。また、茨城県は、公式動画サイトいばキラTVで専属VTuberアナウンサー茨ひよりをデビューさせ、YouTubeで展開。こちらもチャンネル登録数は10万人を突破し、同県の大井川和彦知事は4月19日の定例記者会見で、その効果は広告換算で約2億4000万円におよぶと発表した。
さらに、YouTubeを飛び出した世界では、1月13日の「東京オートサロン2019」でバーチャル販売員イトッポイドが会場でのティッシュ配りに挑戦、5月には秋葉原のPCパーツ大手のTSUKUMOとのコラボレーションを実現した。また、店頭での商品の販促提案等を行うアドパックは、昨年11月にバーチャルプロショッパーコミュニケーションズ(VPC)との提携で、VTuber販売員による販促サービスの展開を発表、実際に今年に入って店頭のモニターでの商品紹介や説明を実現した。
このように、ネットの世界からメディアや街頭にも活動の場を広めつつあるVTuberだが、実際に自社でVTuberビジネス実現するためにはどうすればよいだろうか。VTuberの実現方法はさまざまであり、必ずしも特定のプラットフォームがあるわけではないが、まずはアバターモデル/モーションキャプチャー/ボイスチェンジャーの3つの技術要素を押さえておこう。
アバターモデルとは、VTuberのキャラクターとしてのデータ、つまりキャラクターの「見た目」であり存在の要になるものだ。3DCGキャラクターは、かつては専門のソフトウェアで制作するものだったが、最近ではエモモ、REALITY Avatar、カスタムキャスト等、メニューからキャラクターの部品を選んでカスタマイズできるアプリやサービスも登場している。ただし、これらの利用は特定のプラットフォームに限定されることもあるので、オリジナルキャラクターを自由に使いたいのであれば、プロに依頼して制作してもらうことも考える必要がある。
モーションキャプチャーは自身の動きを3DCG上のキャラクターに投影する方法だ。従来は大掛かりな機械を使って人の動きを読み取っていたが、近年、その仕組が低価格化したことがVTuberムーブメントのきっかけになったと考えられる。とくに、カメラで撮影した人物の身振りや表情をリアルタイムにキャラクターに投影するFaceRigはハードウェア的な設備をあまり必要とせず、動画コンテンツに適している。
その他、声質を変化させることでキャラクターの演出ができるボイスチェンジャーもVTuberには必須の技術といえるだろう。
以上の要素を見ていくと、イノベーティブなものというよりは以前から存在した多くの技術が商品化したことによってVTuberが実現されたといえるだろう。とはいえ、ノウハウがないままこれらの技術を組み合わせるのは障壁が高い。会社独自のVTuberを企画化する場合でも、自前でVTuberを用意するのではなく、多くのVTuberを擁するプロダクションへの依頼やコラボレーションを考えるほうがシナジーを期待できるだろう。
企業動向からみる、VTuber時代のこれから
各企業のVTuber分野への投資も非常に活発だ。大きなものでは、VTuber配信プラットフォームを開発するミラティブの31億円の資金調達(2019年2月)、YouTuberと企業とのマッチング事業を展開するビットスターの13億円の資金調達(2018年8月)、キズナアイを擁するActiv8の6億円の資金調達(2018年8月)等、億単位の資金調達が発表されている。
さらに、大きな資金を得ている企業の中には、VTuberを配信する仕組みを作るプラットフォーマーが多い。ミラティブはスマートフォンアプリMirrativでアバターモデルを使ったゲームの実況中継の配信を可能とし、REALITYもVTuber専用配信アプリREALITYを開発、ドワンゴはS-courtとの共同開発で、VTuberのモデル作成とニコニコ生放送への配信機能をもつカスタムキャストを展開している。これらのサービスでは視聴者からのギフト(投げ銭)を送る機能を用意するなど、VTuberの収益化を進めている。
いずれのプラットフォーマーもスマートフォンによるVTuberの配信をサポートしており、VTuberビジネスの主戦場はパソコンによる視聴からスマートフォンへと移っている様相だ。より手軽な配信環境を提供することで、VTuberになりたい潜在的な配信者と視聴者をつなぎ、大きな流れを起こそうとしているようである。
このようにVTuberをめぐる動きは大きなものだが、その流れが昨年から1年ほどの期間で起きていることも注目に値するだろう。VTuberに関わる企業の動きはすばやく、市場の立ち上がりも急速だ。そして、こうした大きな動きのなかには、コラボレーションやビジネスのチャンスも多数あると言える。この活況がいつまで続くかは不透明だが、VTuberのキャラクターや動画の面白さ等のコンテンツの価値が重要となることは間違いない。魅力のあるコンテンツをどのような仕組みで継続的に届けられるかが課題であるとも言えるだろう。
また、こうしたムーブメントの流れや熱量と別に言えることは、かつては敷居の高かったキャラクターによるリアルタイムの映像配信(不可能ではなかったが高額な設備や高度な技術が必要だった)が、現在では簡単に実現できるようになったということだ。この技術は今後もさまざま応用が考えられる。先の話題にあったVTuberによる販売促進活動の例もそうだが、自身をキャラクターとしてネット越しに気軽に投影できるようになったというのがVTuber時代の本質ではないだろうか。ここから今後もさまざまなイノベーションが生まれてくることになりそうである。VTuberをめぐるさまざまな情報の中から、こうした可能性を感じさせる動きに注目していきたい。