この小説の作者、ハーパー・リーは、イースタン・エアーなどの航空会社で予約事務を10年間担当していた人物で、仕事の合間を縫ってコツコツと小説を書いていたのです。本人はこの本が売れるとは夢にも思わなかったと後日回想しています。

 この話のポイントは、ハーパー・リーの創作の過程は誰からも注目されなかったし、評価もされなかったということです。萌芽段階のプロジェクトに従事する人は、誰もがハーパー・リーと同じ過程にある可能性があるわけです。

既存の物差しより大事なものは何か

 萌芽段階のアイデアを「良い」と評価しようが「悪い」と評価しようが、それは既存の知識に基づいた観点による評価です。ひょっとしたらとんでもなく素晴らしい唯一無二のものになる可能性のあるものを、「良い/悪い」という既存の単線的な評価線上に引きずり降ろしているということです。

 クリエイティブな仕事の評価では、既存の物差しよりも、個人の人生や組織の大義を土台とした“主観的なスト―リー”を持っているかどうかが重要になる場合があります。そして、それらの主観的なストーリーは疑問形の形で提起されることが多い、ということが近年指摘されています。たとえば「こういうことが可能だろうか?」とか、「もしもこれができたら凄くない?」といったものです。

 こうした疑問形の形で表現される問題意識が、主観的なストーリーの基本構造を決めてしまうのです。萌芽段階の新規事業アイデアで重要なことは、そうした「疑問」だということになるでしょう。