萌芽段階の新規事業アイデアは、目標管理を最重視する思考によって矮小化され、潰されてしまう可能性がある。未来は誰にも分からない。今の時点の常識で先端的な技術開発を過早に「評価」してしまうと、ユニークな可能性、凄さを見逃してしまうかもしれない。萌芽段階にあるアイデアを実現させて新規事業を成功させるために、目標管理よりも大切なものとは何か。

「目標設定思考」が新規事業開発を矮小化させる

 なぜ日本の大企業は資金も人材も豊富なはずなのに、新規性の高い技術開発や社内ベンチャーの育成が得意ではないのか? この問題については、甲論乙駁、いろいろな説が入り乱れている状態です。

 私の意見は、「組織に染みついた『目標設定思考』や『評価』のマインドセットが、クリエイティビティ―を早期に腐らせる結果となっているのではないか?」ということです。

 一例を挙げると、ある大学でオープンイノベーション推進の一環として企業との共同研究プロジェクトを複数同時に走らせていたのですが、それらのプロジェクトは、売上目標、開発期限、マイルストーン管理など、家電業界の新商品開発プロジェクト管理手法がそのまま持ち込まれていました。しかし、ドライヤーの新製品を期限通りに店頭に並べるためのプロジェクト管理と、萌芽段階の先端技術開発プロジェクトの進め方が同じであっていいはずはありません。

評価するのではなく、洞察し理解する

 目標設定思考の典型的なものに「SMART」という目標設定のフレームワークがあります。SMARTの内容は以下のとおりです。

・Specific(具体的に)
 誰が読んでも分かるような、明確で具体的な表現や言葉で書き表す。

・Measurable(測定可能な)
 目標の達成度合いが本人にも上司にも判断できるよう、その内容を定量化して表す。

・Achievable(達成可能な)
 希望や願望ではなく、その目標が達成可能な内容かどうかを確認する。

・Realistic(現実的な)
 設定した目標が実現可能なものかどうかを確認する。

・Time-bound(時間制約がある)
 いつまでに目標を達成するか、その期限を設定する。

 つまり、SMARTの世界観は、「あるべき未来は、具体的な目標を設定し、それをさらに具体的にブレークダウンした計画によってのみ達成できる」という信条に基づいています。

 一方、全く正反対の信条に基づいて新規事業アイデアを育てていく会社があります。米Alfabet傘下の企業、X(旧Google X)です。

 Xは、Googleにおける開発プロジェクトのうち、特に未来的な技術の開発に取り組んでいる組織です。Xでの研究テーマは外には発表されていませんが、自動運転が話題に上るずっと前から自動運転についてのプロジェクトがあり、2014年に取材が許された米ファスト・カンパニー誌によると、その他に配達ドローンや「Wi-Fiバルーン」「血糖値をモニターできるコンタクトレンズ」などのプロジェクトがあるとされています。

 Xでは、プロジェクトを評価(Judge)するのではなく、洞察し理解すること(Discern)が行われているそうです。

 Xを統括するテラー氏は、「未来は誰にも分からないということです。予知しようとするのはとても危険なビジネスです」と言っています(2016年のインタビュー)。Xでは、プロジェクト(製品)よりもプロセスが重要なのです。どこに到達するかは分からないが、今これをやるプロセスには大きな意味がある、という考え方です。

斬新なアイデアを評価することの難しさ

 どんなプロジェクトでも、それに取り組んでいる途中は、世の中にある他の立派な成果と比べると、ショボく、不完全なものに感じられます。しかし、不完全に感じられるのは当たり前なのです。完成途上のアイデア段階のものを、世の中で既に評価の固まった完成品と比較して、早々に評価してしまうことは大きな弊害をもたらすといえるでしょう。

 2003年、それまでの映画に登場したヒーローおよび悪役キャラクターのトップ100が米国で選ばれ、話題になりました。

 ヒーローの第3位は007のジェームズ・ボンド、第2位はインディアナ・ジョーンズでした。では、トップになったヒーローは誰でしょうか?

 意外に思われるかもしれませんが、ヒーローキャラクターの第1位は「アラバマ物語」(原題 "To Kill a Mockingbird" )の主人公、グレゴリー・ペック演じるアティカス・フィンチでした。

 恥ずかしながら私は大昔に映画を見た記憶もおぼろげで、どんな主人公だったかも思い出せません。しかし、原作の小説 "To Kill a Mockingbird" は、全世界でこれまで400万部売れており、今でも毎年10万部くらい売れている超ベストセラーです。

 この小説の作者、ハーパー・リーは、イースタン・エアーなどの航空会社で予約事務を10年間担当していた人物で、仕事の合間を縫ってコツコツと小説を書いていたのです。本人はこの本が売れるとは夢にも思わなかったと後日回想しています。

 この話のポイントは、ハーパー・リーの創作の過程は誰からも注目されなかったし、評価もされなかったということです。萌芽段階のプロジェクトに従事する人は、誰もがハーパー・リーと同じ過程にある可能性があるわけです。

既存の物差しより大事なものは何か

 萌芽段階のアイデアを「良い」と評価しようが「悪い」と評価しようが、それは既存の知識に基づいた観点による評価です。ひょっとしたらとんでもなく素晴らしい唯一無二のものになる可能性のあるものを、「良い/悪い」という既存の単線的な評価線上に引きずり降ろしているということです。

 クリエイティブな仕事の評価では、既存の物差しよりも、個人の人生や組織の大義を土台とした“主観的なスト―リー”を持っているかどうかが重要になる場合があります。そして、それらの主観的なストーリーは疑問形の形で提起されることが多い、ということが近年指摘されています。たとえば「こういうことが可能だろうか?」とか、「もしもこれができたら凄くない?」といったものです。

 こうした疑問形の形で表現される問題意識が、主観的なストーリーの基本構造を決めてしまうのです。萌芽段階の新規事業アイデアで重要なことは、そうした「疑問」だということになるでしょう。