歴史は語る:技術革新は人間の仕事を奪わない

 ここで歴史を紐解いてみよう。

 技術革新によって人間の仕事が奪われる現象は、19世紀初頭の産業革命の頃から繰り返されてきた。

 産業革命当時、機械使用の普及により、それまで手作業で織物を作っていた手工業者・労働者たちが失業のおそれを感じ、その元凶である機械を破壊し、資本家に使用を止めさせる運動を起こして大きな社会問題となった。

 それが「ラッダイト運動」(Luddite Movement、1811年〜1817年)である。英国政府はこの破壊運動を抑止するため、機械破壊を死罪にする法律を何度も制定し、実際に襲撃者の死刑も執行されたが、皮肉なことに運動は何度も再燃した。

 しかし、より大事なのは、「ラッダイト運動」の後、現実に起きた手工業者・労働者たちの境遇の変化である。

 彼らが恐れていた通り、現実に機械の導入のせいで仕事を失い、路頭に迷ったのであろうか。

 結果的には、機械の進歩や普及により、生産効率自体が飛躍的にアップして企業の生産力が向上した。そして、増えた分の利益が資本家から手工業者・労働者たちへ給料の形で還元されることによって彼らの所得が増え、中産階級が生まれたのである。

 産業革命時代の英国の経済学者カール・マルクスは『資本論』の中で、資本家と労働者の二極化が進むと考え、労働者は物理的な生産手段ではなく社会的な搾取形態を攻撃すべきだと説いたが、現実にはカール・マルクスの見立ては見事に外れたのである。

 しかしながら、その後、こういった技術的失業(Technological Unemployment)に対する脅威は、シモンド・ド・シスモンディ、トマス・ロバート・マルサス、デビッド・リカードなど19世紀の著名な経済学者によってたびたび俎上に乗せられ、20世紀になってジョン・メイナード・ケインズにも取り上げられた。

 1990年代以降、IT技術の導入がもたらす技術的失業を懸念し、テクノロジーの発達と普及に対して反対を唱える「ネオ・ラッダイト運動」が起き、ノーベル経済学賞の受賞者でもあるデール・モーテンセンとクリストファー・ピサリデスのような主流派の著名経済学者によって研究されるようになった。

「ネオ・ラッダイト運動」自体は「銀行にATMが導入されると窓口係が職を失う」「Amazonが普及すると街中の書店は廃業に追い込まれる」といった近視眼的なものだが、「シンギュラリティ」への道筋が明確になっていくに連れて、今後、似たような形で技術的失業に対するノイズが上がっていく可能性がないとは言えないだろう。