サンフランシスコでメキシコ人のタクシー運転手から「アンタ、メキシコ料理食べたことある?」と訊かれた。「タコス?」と答えると、「ベニハナの鉄板と寿司だけが日本料理だって言われたら、どう思う?」と鼻で笑われた。20年前の話だが、あの運転手の言葉の意味を、ようやく知った。メキシコ料理で日本初のミシュランシェフとなった“ウィリー”・モンロイの料理は、メキシコ=タコスの呪縛を吹っ飛ばす。ヘスス・デュロンシェフとのコラボレーションメニューを体験した。

日本の食材を活かした繊細かつ大胆なイノベーティブメキシカン。タコスとナチョスは忘却の彼方へ‥‥

 大阪・ミナミのアメリカ村の外れにあるMilpa。窯には火が燃え、多国籍な料理人たちがシェフの号令にスペイン語で応答し、皿の仕上げに全集中している。ピンセットで料理の上に小さな花を置くような繊細なプレゼンテーションだ。料理は懐石のように小さなポーションで一品ずつ出てくる。

新鮮な海鮮のまったり感を包んだタコス。器には乾燥チリが敷き詰められている

 一品目はタコス。クリスピーなシェルが口の中でカリッと砕けると、未知の味覚の扉がパーンと開いた感じがした。フィリングにはタコと高級魚マハタの燻製とアボカドのまったりした舌触り。シソの花の爽やかさと、ほのかなチリの刺激に目が覚めた。 

トマトのスープは夏を凝縮した野菜のすまし汁のよう。カツオと昆布の出汁こそ旨味、と固執する和食料理人の頭の硬いことよ

 淡白そうに見えるマイクロズッキーニは、昆布ペーストで旨みをサポート。冷たいスープもトマトの旨味を濃厚に抽出してある。可憐なルックスだが旨みは爆弾級。 

メキシコ州のサカソナパンから4種類のトウモロコシ(白、黄、青、赤)を輸入。ブルーコーンは遺伝子操作されていない貴重な原生種

 ブルーコーンのトスターダ(焼いたトルティーヤ)には、塩でマリネしたホタテとアボガドが乗る。青いコーンに驚いてはいけない。メキシコには、原生種だけで60種。中米全体では200種もの、味も色も味もカラフルなコーンがある。 

イカの繊細な甘さが、爽快なスパイスで引き出される。醤油とわさびにかき消されてしまっていた味わいだ

 イカそうめん風の刺身は、イカの出汁にビネガー、オイル、グリーンペッパーの風味。おなじみのイカがメキシコの香辛料と出会って異次元の味わいを発揮するのは、うれしい驚きだ。 

ココナツミルクのまろやかな酸味。「レチ・デ・ティグレ」のマリネ液は二日酔いにいいとも言われている。白身魚にとても合う

 そしてセビーチェの「レチェ・デ・ティグレ」(ペルー語で「虎のミルク」)。セビーチェは、生魚を食べる習慣のなかったペルーで、日系シェフが現地風に考案し、今ではペルーの国民食。柑橘類の果汁とココナッツミルクを合わせるレシピはメキシコのスタイルだ。魚はイサキ。一皿にペルーの調理法、メキシコの唐辛子、そして日本の魚が盛り込まれている。

スロバキアのワイナリー「スロボドネ・ヴィナルストヴォ」の代表的作品「クーティス・デヴィネール」。トラミネールとフェルトリーナを交配したスロバキアのブドウ・デヴィンとトラミネールをブレンドしているオレンジワイン。柑橘系の爽やかな香り
スペイン、リアス・バイシャスのワイナリー「フィジャボア」のアルバリーニョ100%の白ワイン。甘くフルーティーな香りで魚介に合う

 日本料理が大切にする旬の魚介のおいしさを、メキシコのフレーバーで増幅、変奏させるようなレシピが面白い。ワインのペアリングもユニークで、長年なじみ過ぎたタコス(チーズたっぷりの)とコロナビールのペアリングのことは忘れてしまった。