写真提供:共同通信社

 大企業の経営幹部たちが学び始め、ビジネスパーソンの間で注目が高まるリベラルアーツ(教養)。グローバル化やデジタル化が進み、変化のスピードと複雑性が増す世界で起こるさまざまな事柄に対処するために、歴史や哲学なども踏まえた本質的な判断がリーダーに必要とされている。

 本連載では、『世界のエリートが学んでいる教養書 必読100冊を1冊にまとめてみた』(KADOKAWA)の著書があるマーケティング戦略コンサルタント、ビジネス書作家の永井孝尚氏が、西洋哲学からエンジニアリングまで幅広い分野の教養について、日々のビジネスと関連付けて解説する。

 今回は、世界最古の舞台芸術でもある能の奥義が記された世阿弥の『風姿花伝』を取り上げる。世阿弥は、能をビジネスとして成功させた経営者であり、勝負師でもあった。彼が残した「秘伝の書」に数多く詰まっている、時代を超えたビジネスのヒントとは?

本稿は「Japan Innovation Review」が過去に掲載した人気記事の再配信です。(初出:2025年3月14日)※内容は掲載当時のもの

アートとビジネスの両立を真剣に考え続けた世阿弥

 今回も芸術論がテーマである。前回紹介したロバート・ヘンライは、美術学校で教えてきた美術教師だった。ヘンライは、著書『アート・スピリット』(野中邦子訳、国書刊行会)でこう語っている。

「画家は画家で生計を立てるのはあきらめて、他の手段で金を稼げ」

 芸術家を目指す若者に対して身も蓋もない言い方だが、ヘンライは理由をこう述べている。

「絵を描くときには純粋な自由さがある。世間に評価され、生計を立てられる優雅な生活を送れる画家もいる。しかし、その人は何らかの意味で純粋な自由が妨げられているかもしれないからだ」

『風姿花伝・三道 現代語訳付き』
(著者:世阿弥、訳注:竹本 幹夫
KADOKAWA/角川ソフィア文庫)

 このようにヘンライは「芸術とビジネスは、そもそも両立しない」と考えていた。

 一方で、芸術とビジネスの両立を徹底して考え続けた現実主義者が、室町時代初期に能を大成させた世阿弥である。その世阿弥が、世界最古の舞台芸術でもある能の奥義をまとめた一冊が『風姿花伝・三道 現代語訳付き』(竹本幹夫訳注、KADOKAWA/角川ソフィア文庫)だ。

 本書には私たちが生きるための指針やビジネスで勝つ戦略が満載だ。私たちが知っている「初心忘るべからず」や「秘すれば花」という言葉は、本書に世阿弥が残した言葉である。私たちは知らぬ間に、世阿弥の影響を受けているのだ。