1961年からジャガーが販売していたスポーツカー『E TYPE』。写真はジャガーが顧客のためにE TYPEをレストア&現代化改修した『クラシックE TYPEコメモラティブ』という特別版

2. ブランドコミュニケーションは啓蒙からか?

鈴木 新しい富裕層にどう接触するか?という問いがいまあるのは、日ごろ僕が取材しているワインの世界でも感じるんです。ただ、この時、高級ブランドのアプローチ方法には2種類あるように感じています。ひとつは、従来のワインの文脈を共有していないというか、あまり理解していないユーザーに対して、これまでの価値観を敢えて強調したり、啓蒙しようとするグループ。もうひとつは、これまでの伝統をいったんは横に置いて、ボトルやパッケージング含め、新しい手法に挑戦するグループです。それでいえば、ジャガーは明らかに後者のグループに属しているように思えます。ちなみに、ワインの世界で成功しているのは、いまのところ後者の勢力だと感じています。

大谷 ジャガーがターゲットとして取り込もうとしているのは、若くて、裕福で、そしてアートなどに関心のある世代です。アートに興味があるから、本質的に美しくないクルマは受け入れられないでしょう。ただし、従来から自動車界にあった美意識に留まる必要があったかといえば、必ずしもそうではなかった。たとえば、長年の自動車ファンであれば、往年のピニンファリーナ・デザインとか、ジャガーでいえばEタイプのようなデザインに普遍的な美しさを見いだすと思います。でも、そういう伝統の殻から飛び出した新しいデザインを求めている層も確実に存在しているはずです。

デザインはどこが見どころ?

鈴木 そこで大谷さんにおうかがいしたいのは、今回、ジャガーが発表した『タイプ00』が従来の自動車デザインとどこがどう異なっているかです。僕には言語化できないので。

大谷 たとえば、Aピラーの位置が前輪からこれだけ遠く離れている例は、少なくとも現代のクルマにはありません。ホイールベースに対して、Aピラーがこれほど後ろ寄りなクルマもこれまでなかったと思います。

クルマのもっとも前方でフロントウインドウを支える柱をAピラー、前輪と後輪との間にある距離をホイールベースという

鈴木 ああ、たしかにそうですね。

大谷 それとボディーサイドにキャラクターラインが一本だけしかなくて、それもごくシンプルな直線とされている。そもそも、これほど飾りっ気のないボディーサイドのデザインは近年、ありませんでした。

キャラクターラインは車体側面に付けられた凹凸の線のこと

大谷 前後のデザインは、ほぼ直線だけで構成されていますが、これもいままでなかったものです。リアエンド周りを斜め後方から見るといくつか曲線が現れますが、真後ろから見ると直線しか目に入りません。こんなデザインも、これまではありませんでした。

真後ろから見たTYPE 00

3. ジャガーであることへの期待

鈴木 僕はジャガーはいつも美しいクルマという印象があるんです。かつてチーフデザイナーだったイアン・カラムさんのXJをはじめとしたモデルも大好きで、いまだに欲しい。

イアン・カラムが指揮した『XJ』はジャガーの長年のフラッグシップモデルの第4世代にあたる。2009年にロンドンのサーチ・ギャラリーでお披露目され2019年まで販売が続いた

大谷 私もイアン・カラムの作品は大好きです。ただし、それがデザインのせいだったかどうかは別にして、彼がデザインした時代のジャガーが商業的に成功したとはいいがたい。冷徹ないい方になりますが、工業デザインである以上、商業的な成功が求められるのはやむを得ないと思います。

鈴木 結論は出さないといけないわけですね。

大谷 それと、若くて裕福でアートに興味がある人たちは先進的な考えの持ち主が多いだろうから、これまで自動車を買ってきた旧世代の人たちと自分が同じに見られることを嫌うかもしれない。だとすれば、既存の自動車美意識から遠く離れたデザインである必要があったとも考えられます。

鈴木 そういう考え方もあり得ますね。

大谷 正直、私自身は旧世代の人間だから、古い価値観にのっとった美しいデザインのクルマが売れるというか、売れて欲しいという期待感がありますが、いまは必ずしもそうじゃない。先日も、とあるプレミアムブランドのセールスマンと話をしましたが、彼らは、デザインとして美しいかどうかよりも、新しいデザインであることが売れる秘訣になると言っていました。

鈴木 話も終盤ですが、ここでオートグラフが今回のジャガーに注目している理由をいうと「これをやったのはジャガーだ」というところです。僕の父の鈴木正文さんがいっていたことですが「伝統ある自動車メーカーは、なにがあってもいい加減なクルマを作ることはできない」ジャガーはまさにそうだとおもいます。ワインも、ブドウ畑を代々受け継ぐ一族が、商売上の都合でいきなり畑に除草剤をぶちまけたり、ワインに化学調味料を入れたりするなんてありえない。だから、この新しいジャガーもちゃんとしたジャガーだと確信しています。そしてだからこそ、大胆な挑戦だと思う。

ブランドロゴも変えてきた今回のジャガー。センターキャップはJをデザイン化したもの

大谷 私もまったく同感で、ジャガーは真剣にニューモデルを開発しているはずです。デザインにしても、いまはうまく理解できないけれど、ときが経ったら美しいと思えるようになるかもしれない。私にとってはラップ・ミュージックがそうでしたが、出始めのころ、なぜ若い人たちがあれほどラップに熱狂的になるのか理解できなかった。私がラップのよさに気がついたのは、ずいぶん時間が経ってからです。だから、いますぐ自分が理解できないからといって、それを直ちに否定するのは正しくないと思っています。

鈴木 オートグラフの読者には知的な人が多いので、こういう新しい製品やトレンドに関心を寄せてくれると思います。

大谷 私も知的におもしろがりたい(笑)。それに、ジャガーがここまで力を入れて作り上げたんだから、きっとクルマとしても魂が込められているのだと思います。そういうものは、知的に、そして文化的におもしろがりたいですね。

鈴木 同じようなおもしろさは、もしかしたら腕時計の世界にもあるかもしれないけれど、ワインの世界は明らかにいま、そこがおもしろい。たぶん、クルマに限らず、長年ものづくりに取り組んできた人たちが、市場に新しく登場した人たちにチャレンジしている真っ最中なんじゃないかと思います。

大谷 そういうチャレンジを心から楽しみたいですね。

鈴木 今後、プロダクトモデル化されたら、また大谷さんの感想もうかがえるとおもいますが、新生ジャガーが楽しみです。今日はありがとうございました。

大谷 ありがとうございました。