「形態は機能に従う」は主に建築の領域で19世紀から使われた言葉で、バウハウスへと至る機能主義デザインと関連付けて語られることが多い。現代の自動車デザインにおいて、この機能主義をとりわけ感じさせるのがマクラーレンのスーパースポーツカーたち。それらが発揮する自動車界最高峰のパフォーマンスは、その形状でなければ到達しえないもので、ボディパネルのわずかな抑揚すら重要な機能的意味があるとされる。しかし、2023年に新たにマクラーレンのチーフデザイナーに就任したトビアス・シュールマンはそんなマクラーレンの常識に変革をもたらすかもしれない……大谷達也のインタビュー

以下、文・取材:大谷 達也

トビアス・シュールマン

マクラーレンはそもそも競技車両メーカーである

 トビアス・シュールマンがマクラーレン・オートモーティブのチーフデザイン・オフィサー(チーフデザイナー)に就任したのは2023年9月のこと。2010年の創業以来、フランク・スティファンソン、ロブ・メルヴィル、ゴラン・オズボルトの3人が担ってきたチーフデザイナーの要職を、今度はシュールマンが務めることになったのだ。

 2005年にプフォルツハイム大学を卒業したシュールマンは、これまでフォルクスワーゲン・グループ、アストンマーティン、ベントレーなどに在籍。また、一時は自身のデザイン・オフィスを立ち上げ、マクラーレンの依頼によりコンセプトカー“ソーラスGT”を手がけたことでも知られている。

マクラーレン ソーラスGT(McLaren Solus GT)はゲーム「グランツーリスモSPORT」に登場する架空のコンセプトカー「マクラーレン アルティメット ビジョン グランツーリスモ」を実車化したもの

「マクラーレンはレース活動から始まった会社です」とシュールマン。

「自動車メーカーがレースを戦っているのではなく、そもそもレースを戦うために生まれた会社なのです。この点が、ほかの自動車メーカーとは大きく異なっています」

 そうした伝統は、現在にまで受け継がれているという。

「いまもマクラーレンのレース部門とオートモーティブはひとつの屋根の下で活動しています。おかげで、私はいつでもレース部門に出向いて、たとえば空力担当者の話を聞いたり、カーボンファイバーについて学ぶことができます。これは非常に重要なことです」

 そうしたバックグラウンドを持つマクラーレン・オートモーティブを、今後シュールマンはどのような方向に導いていくつもりなのか?

デザインが機能に追従するとは限らない

「マクラーレンの美しさは、パフォーマンスのために生み出されるものです」とシュールマン。「言い換えれば、私たちは常に最良のパフォーマンスを実現していかなければいけないことになります。たとえば、すべてのボディパネルは技術的な要件と一致していて、クルマのパフォーマンスを最大限、引き出せるようにしなければいけません」

マクラーレンの最新スーパースポーツカー  マクラーレン 750S

 こう聞くと、マクラーレンのデザイン思想としてよく語られてきた「形状は機能に従う(Forms Follow Function)」や「すべてのデザインには理由がある」をそのまま受け継いでいるようにも思えるが、シュールマンの考え方は、そこからさらに一歩踏み込んだものといえる。

「デザインが機能に追従するとは限りません。マクラーレンのデザインチームは、クルマを開発するプロセスに組み込まれていて、エンジニアに影響を及ぼすことができます。もちろん、マクラーレンにとってエアロダイナミクスは最重要課題です。それでも、エアロダイナミクスに与える影響を考慮しながらラジエターの位置を検討することは可能です。いいかえれば、私たちはエンジニアリングチームに対して能動的に影響を与えられるのです」

 つまり、デザインチームとエンジニアリングチームが一体となり、美しさとパフォーマンスを最高のレベルで両立させることが、今後のマクラーレンの方針というのだ。

 これはマクラーレン・オートモーティブ全体にとって極めて重要な方針転換で、いくらデザインチームを率いているとはいえ、シュールマンの一存だけで決められることでは決してない。言い換えれば、シュールマンはこの方針転換に関して、すでにエンジニアリングチームの同意を得ていると理解すべきだろう。

 ここで重要な役割を演じたのが、2022年に同社CEOに就任したマイケル・ライターズであることは間違いない。

マクラーレン・オートモーティブの現CEO マイケル・ライターズ

「(マクラーレンへの移籍に先立ち)ライターズと素晴らしい話し合いを行ないました」とシュールマン。

「彼は、ブランドを進化させるのに必要な、明確なビジョンを持っています。そのうえで、デザインが重要な役割を演じることもライターズは完全に理解しています。いま、私は経営陣の一員で、ブランド全体を形作る一翼を担っています。これはとてもいいことです」

 ちなみに、フェラーリのチーフテクニカルオフィサーからマクラーレン・オートモーティブのCEOに転身したライターズは技術畑が専門。そしてライターズとシュールマンはともにドイツ出身である。つまり、エンジニアリングとデザインを司るふたりのドイツ人が、今後はマクラーレン・オートモーティブの方針を決めるうえで大きな影響力を行使することになるのだ。

シュールマンが今後のマクラーレンにもたらすデザイン

 では、シュールマンが生み出すマクラーレンのデザインは、どのようなものになるのか?

現代マクラーレンの祖「MP4-12C」と1981年、ジョン・ワトソンが駆ったことで知られるF1マシン「MP4/1」。その後継モデル「MP4/1B」以降の同シリーズはニキ・ラウダのマシンとしても知られる

「エクステリアについていえば、まず、ラジエターに冷却気を取り込むふたつのエアインテークをフロントに設けます。これはマクラーレンが手がけてきたレーシングカーのカンナムカーやF1マシンに必ず受け継がれてきたデザイン上の特色です」

マクラーレン 750S

「そしてボディサイドには、フロントフェンダーによって描かれるパフォーマンスラインが入る。これはボディ前端から急激に上昇したあと、なだらかに下降していきます。このパフォーマンスラインは、前輪がどこにあるかをドライバーに示すとともに、一定の高さを備えているため、ドライバーは自分が囲まれていることを知覚し、安全だと認識できることができるでしょう」

マクラーレン 750S

 そしてクルマの最後端を締め括るのが“オープンリアエンド”だという。これはボディのリアエンドをグリルなどで覆い、高い通気性を確保するデザインのことを指す。

マクラーレン 750S スパイダーのリアエンド

「オープンリアエンドは、エンジンで熱せられるとともに乱流となった空気をすばやく排出するためのデザインです。こうすることで、エンジンルームのテクニカルなコンポーネンツが外からも見える。こうした考え方はマクラーレンP1、さらにはマクラーレンF1にも採り入れられていました。この伝統を今後も守っていきたいと思っています」

マクラーレン F1

 ただし、そうしたデザインはすべてエンジニアリングと紐付いているべきであって、装飾のためのデザインをするつもりはないとも言明していた。

「ギミックを設けるつもりはありません。外側から見えるものは、すべてホンモノでなければいけません。開口部が必要であれば開口部を設ける。空力パーツがパフォーマンスの向上に役立つのであればその空力パーツを取り付ける。走行状況によって求められるエアロダイナミクスが変化するならアクティブエアロをつける。マクラーレンのロードカーはそうでなければいけないと考えています」

 マクラーレンの伝統を受け継ぎつつ、パフォーマンスとデザイン性を融合させた新世代マクラーレン。おそらく、それらが世に出るまでには3〜4年を要するだろうが、シュールマンの手がけたニューモデルの誕生が待ち遠しくて仕方がない。