大谷 達也:自動車ライター

まずは公道をスパイダーで先代720Sとの違いを確認

「外観はあまり変わっていないけれど、中身は大きく変わっています」

 ポルトガルのエリストリル・サーキットを中心として行われた750Sの国際試乗会で、マクラーレン関係者のひとりはそう語っていたが、私もまさにそのとおりだと思う。

 まずは公道を750Sスパイダーで走る。

 スパイダーだからといってボディ剛性が不足したり、クルマがやたらと重く感じられたりしないのは、これまでのマクラーレンと同じ。いっぽうでコンフォート・モードで走ると、これまでもスーパースポーツカーとしては十分に快適だった720Sをさらに凌ぐ快適性をもたらしてくれた。

 とにかくタイヤが路面の凹凸にあたったときのショックが優しく、ゴツゴツした感じがしない。そしてサスペンションが軽やかに伸縮してスムーズな乗り心地を楽しめるのだ。それは、フラット感は素晴らしいが、どこか重厚な乗り心地に思えた720Sとは明らかに異なるテイスト。どちらがいい悪いとは一概にいえないけれど、おそらく多くのドライバーが750Sのほうが快適と感じるだろう。

 ただし、徹頭徹尾フラットな姿勢を保ち続けた720Sに比べると、コンフォート・モードの750Sは路面のうねりなどがおだやかに感じられる特性に改められていた。ひょっとすると、一般的なスポーツカーとはまるで異なっていて未来感さえ味わえる720Sのフラット感を好む向きもあるかもしれない。けれども、私自身は路面の感覚を自然に掴むことのできる750Sのセッティングにより親しみを覚えた。

 そのままうねりの強い路面を走ると、私の好みよりも少しだけピッチング方向の動きが大きいように感じられる。そこでスポーツ・モードに切り替えると、路面からのゴツゴツ感はほとんど変わることなく、ボディの動きがより引き締まって、私好みの乗り味に変わった。

 ちなみに高速道路では、スポーツ・モードだけでなくコンフォート・モードでもボディはフラットな姿勢に保たれる。いずれにしても、私には750Sのスポーツ・モードが万能なように思えた。

幅を広げる足回りの変化

 チーフエンジニアのサンディ・ホルフォードによると、750Sでは720Sと同等の快適性を維持しつつ、よりダイナミック性能を高める方向でサスペンションの設定を改めたという。もう少し厳密に説明すると、ひとつのドライビング・モードでカバーできるウィンドウがあるとすると、ウィンドウのいっぽうの端である快適性のポイントはこれまでと変えることなく、反対の端であるダイナミック性能のポイントをこれまでより「遠く」に設定することで、ウィンドウの幅を広げたという。

 これを実現するため、マクラーレン独自のアクティブサスペンションであるプロアクティブ・シャシー・コントロールは、720SのPCCⅡからPCCⅢへと進化。油圧系回路に設けられたアキュムレーター内部の圧力を最適化するとともに、フロント・スプリングはよりソフトに、そしてリア・スプリングはよりハードに変更したうえで、足回りを電子制御するソフトウェアも見直したと説明する。

 そうした改良点のなかにサスペンション・スプリングの見直しも含まれているのだが、その内容がなかなか興味深い。プレスキットには「スプリングとダンパーの変更により全体で2kgの軽量化を図った」と記されているだけだが、実は使われているスプリングが、これまでのバリアブルレートからシングルレートに改められたのだ。

 その理由をホルフォードに尋ねると、「私たちが求める全般的な特性を実現する」ことが目的であって、「シングルレートに改めたことだけでなく、サスペンションの設定全般を見直すことで目標を達成した」という答えが返ってきたが、個人的には、バリバブルレートからシングルレートへの変更が750Sの乗り味になんらかの影響を与えたはずと考えている。

操作系もよりスポーティーに

 もうひとつ、750Sでひときわ印象に残ったのが、そのエンジンサウンドだった。

 これは各社とも似た傾向にあるものの、エンジン音のボリュームは従来に比べてやや小さくなるいっぽうで、音質は高音成分中心でより精度感が高いものに仕上がっていた。まさに、私好みのサウンドである。

 そのほかの重要な変更点としては、ドライビングモード切り替えのスイッチがシーソー式となってインストゥルメントパネルの上端に設けられたことが挙げられる。

パワートレインのモードを変化させるスイッチはパネル上端の右に、左にはハンドリングを変化させる同様のシーソースイッチがある

 おかげでステアリングから手を離さずに操作できるようになったのが最大のメリット。また、ステアリングとインストゥルメントパネルが連動して調整できるのも操作性と視認性の両立を図るうえで好ましいポイント。どちらもアルトゥーラで採用済みのアイデアだが、これによって750Sのコクピット周りがより現代的になったことは間違いない。

 いっぽうで、マクラーレンのスピードマークをあしらったマクラーレン・コントロール・ローンチャーは750Sで初めて紹介された機能。これはハンドリングやパワートレインのモードをあらかじめプリセットするためのスイッチで、いつでもボタンひとつで自分の好みのセッティングを引き出せる優れモノ。現地にいたスタッフが、このことを「スピーディー・キーウィ・スイッチ(“キーウィ”はブルース・マクラーレンの出身地であるニュージーランドに生息する「飛べない鳥」のこと)」と呼んでいたのも興味深かった。

 その後、750Sクーペにも試乗したが、少なくとも走りの性能に関していえばスパイダーとの差はほとんど認められなかった。したがって、クーペにするかスパイダーにするかは、オープン時の開放感と価格のバランスを考えて決めればいいだろう。この点は従来のマクラーレンとまったく変わらない。